第16話 珊瑚とプープー

「自分のやったことが判ってるなら、首長ア・リイのご令息、それを理由に口封じされる、とは思わなかったか?」


 ラウリマの眼光はあくまでもケアヌを射続けていた。問い掛けに少し困った風に笑むと、ケアヌは溜息をつくように言う。


「その時はそれで良いと思いましたので」

「……そこまで思った目的は?」

「あなたが雇おうとしている教師に僕を加えて頂きたくて」


 すらり、と答える彼にラウリマは表情を険しくした。


「何を考えてる?」

「レアの居場所がどこでも、判れば僕をスパイにするのはもう決まっているんです」


 淡々とした声だった。

 その静かさにレアは内容が頭に入って来ず、反芻して意味に気付いた程だ。その途端、彼女の方が狼狽する。


「僕を二重スパイとして買いませんか?」


 しかし、ケアヌはラウリマの目をじっと見つめ、それを付け加えた。ラウリマも心の動きを一切、感じさせず、彼を検分している。


「断ったら?」

「レアを僕に返してください。その詩もください」


 これにはラウリマも若干、眉をひそめた。

 生死をやり取りする緊張感に動けなかったレアの糸がとうとう切れ、彼を質さずにはいられない。


「ケアヌ、どうして? だって……」

「いろいろ事情が変わったんだ。でも、ラウリマさんが条件を飲んでくだされば、君を連れて行ったりしないから安心して」


 いつものように匂やかにケアヌは笑って見せた。

 それに視線を据え、ラウリマは嘆息する。


「いや、君、何がしたいの? 彼女が欲しい訳じゃない?」


 彼の口調が少し普段に近付いたのが、警戒を緩めたためか、それとも作戦か、レアには判らなかった。只、人を平伏ひれふさせることもできるだろう響きに怯えずに済むため、知らず彼女は息をつく。

 一方、ケアヌは平静に彼へと目線を戻した。


うちは彼女に向くところではないので。でも、ラウリマさん次第では連れて行きます」

「あのね、こちらもいろいろ投資してますからね、ご令息。気に入らなかったら持って行きます、なんて普通の人間にはあり得ないんですわ。首長ご一家ともなると通るのか知りませんが」


 ラウリマは饒舌になり、武器の構えから僅かながら力が抜けている。それでも、いつでもケアヌに致命傷を与えるため、反射的に動けるのだろう。レアがラウリマの強さを直感したのは、その時だった。

 ケアヌはまた薄く笑むと、


「レア、あの腕輪、まだ持ってる?」


 彼女の目を見つめる。思わず顔に熱を感じ、レアは頷くままに俯いた。


「じゃあ、それをラウリマさん達に見せてあげて」


 レアは腕に巻く包帯を解くと、上から巻き付けたペレの涙を避けながらラウリマ達の方へ歩み寄る。指先が淡い桃色珊瑚の緒をそっと中からを引き出した。

 先に反応したのはキリフネだった。


「珊瑚だ」

「なんで珊瑚がこんなに……一つ二つだって博物館に特別室がある位なのに」


 妻が鑑定する鋭さで断言し、更に頷くのを確かめてから、ラウリマは唸るように呟く。つられてウリとリポも覗き込んだ。


「経費と謝礼込みで僕が買い取ったとしても、それ位あれば足りますよね?」


 彼等が珍品に気を取られるのを十分に待った後、ケアヌは確認する。しかし、彼は返答を待つ気はなく先を続けた。


「只、僕は珊瑚が身近にある家の人間ですから、忘れ去られたようなことは知っています。例えば『プーの伝説』は元々、プープーの島と呼ばれた星の話だ、とか」


 今では滅多に思い出されることのない『プーの伝説』の語に、レアを含む誰もが息を飲む。今日はまだそれについて話していなかった。ケアヌがもっと以前から、この家に出入りしていたのでは、と思って見上げたレアの表情は彼にはお見通しらしく、ケアヌは彼女にゆっくり首を振る。それから、


「お子さんの歴史か国語の家庭教師に如何ですか?」


 ケアヌは微笑んだ。

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