第15話 新しい教師

「はい、今日は悪い知らせがあります」


 最も人の揃う朝食の席、ラウリマは満面の笑顔で話し出した。 


「総督府が僕達を疑ってるそうです。いや、前から疑われてたけどね。今度、公式の質問状が来ると思います。そういう手続きに入った、っていう情報が入りました!」

「まだその対策、考えてなかったの? おじさん、敏腕経営者じゃないの?」


 リポが食事の手を止める素振りも見せず、言いたいことを言う。


「保護してます、と言うつもりでしたよ、お嬢様」

「で、僕達を引き渡して、めでたし、ってこと」

「リポちゃん、君は渡されないでしょ。誰も君のこと、訊いて来ないもん」


 真っ黒な目に威圧を込めてリポは睨んだ。


「はいはい、レアちゃんね。渡せと言って来ても『嫌だ』と言えば良いじゃない。その辺、渡り歩くのが僕に期待されてるお仕事なんでしょ?」


 気の進む仕事とは思えないにも拘らず、彼は楽しげな態度を失わない。


「それで、回収と解読の方はどうなの?」

「そんなの一晩で進む訳ない」


 他の者が朝食を優先する中で、ラウリマとリポはいつも器用に食事と会話を並行させていた。感心しながら見守り、レアは口の中の物を飲み込むと、やっとやり取りに加わる。


「拾えてない50枚位は母様が隠した分だと思います」

「そこだよねぇ。やっぱり隠し方が巧いのかなぁ。誰かが持って行ったか、レアちゃんも混乱してる頃だったろうから記憶がアテにならないってこともあるけど」

「アヌヘアがレアに抜けのない状態で渡したかも怪しいと思う。子供が持ってて奪われる可能性を考えたら、最初に自分で隠した方が良い。基本的にアヌヘアが隠した分に重要情報はあるだろうね」


 それでも手元に300枚近くの文字が集まると、方向性は見えて来る。

 水がその中心に貫かれているのは確かだが、まずその書は詩歌集とも言うべきものだ、とキリフネは断言していた。異能者であれば、その文字通りで水に呼びかけられるだろう詠唱が幾つもあるらしい。

 ハクメレが水の異能と認識されることもある程、真水抽出に長けていたのは、詠唱する言葉を編み出す能力も大きい、と思われた。

 それ位にレアに託された歌詩は異能者にとって価値あるもので、総督府の管理外で人に知られるだけで機密漏洩という最も重い水泥棒として成立する。最初にハクメレを捕らえたのは、だからだろう。


 アヌヘアはそれを書き取った時点でマヒナでは罪だが、彼女が言った「自分が本当の水泥棒」というところまで総督府が掴んでいたとは限らない、とラウリマは推測した。

 異能の書として優れる程、それ以外の意味が隠されているか、レア達は自信を失う時もある。その文言をハクメレが口にして言霊が働きかけなかったとしたら、共感できない内容というより、働きかけられる対象がそこに存在しないかもしれない、とキリフネも別の仮説を立てた。

 只、当初、彼女が勘として思い付いた『プーの伝説』に似た内容は、やはり深読みすると繰り返し出て来るのだと言う。


 食事が終りかけた頃、家内を任されているナナの名を持つ女性が慎重に入室を知らせ、入って来た。


「会長、前触れのありました、ご紹介された教師の方がお見えになりました」

「ああ、それじゃ、ここに入って貰おうか」


 それを聞いた瞬間、レアとウリが苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「謎を解くのは楽しいかもしれないけど、勉強は謎解きの土台だと思うよ」

「失礼致します」


 扉の向こうから呼びかけられたのは、その一言だった。

 それを聞き、レアは食器を取り落として立ち上がる。彼女は耳を疑った。その尋常でない様子を目にし、ウリも少し考えてから突然、声を荒らげる。


「お前、どっから入って来たんだよ!?」


 彼は床を蹴るように扉へ近付くと、それを開け放った。

 そこに見えるのはマヒナ人としては少し色素の薄く、他と見間違え難いケアヌである。


「彼女に案内されて玄関から」


 彼がナナを指し示すと、彼女もまたそれに頷いた。それをレアとウリは驚愕の目で見るが、一方、ラウリマもキリフネもリポも不審そうな表情は二人に向けている。


「おい、どうした? レアもカイも……先生とは何かあったのか?」

「何かって、親父、何言ってんだ!?」

「やはり近しい人にはバレてしまうね」


 ケアヌのその一言だった。何かの合図のように、今まで何事もなかったように振る舞っていた四人が驚きを声に動きに表す。


「君は……」


 キリフネが絶句しかけた刹那、ラウリマはテーブルの裏から武器を取って構えた。その動きは速く、冷徹と言うべき目がケアヌを捕らえて言う。


「異能か」

「はい。申し訳ありません」


 彼は静かに詫びを口にするが、ラウリマは構えを解かない。ケアヌから目を離すことなく、他の者に自分の後ろへ来るよう彼は顎と肘で仕草した。ウリでさえ、それには従う。

 しかし、照準を合わせられたままのケアヌを前にレアは一歩、近付きかけた。


「待ってください。ケアヌは私を助けてくれた人で……」

「レア、それは関係ないんだよ」


 落ち着いたケアヌの声が遮る。彼は彼女に向って、来るな、とばかりに小さく首を振った。


「これは絶対にやってはいけないことだから。僕の家に同じことをする人がいたら殺されるかもしれない」


 それを聞き、ラウリマは武器は下げずに、鋭い声を発した。


「そこに座って貰おう。話は聞く」


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