第14話 言霊と異能

「ケアヌ……君こそ……。どうして総督府に?」


 流石に言葉に詰まりながら、在り来たりな問い掛けの隙にロカヒは頭を整えようとする。すると、


「レアに逢ったと聞いてから、君に会わせてくれ、と頼んでいたんだ。多分、君なら言外のことも判るのだろうから」


 ケアヌはもっと子供の頃からそうしていた、嬉しいのか哀しいのか判らない曖昧な笑みでいきなりロカヒの触れられたくない部分を突いた。ロカヒは顔色一つ変えず、それを受け止めたが、今ここで際どい話題に内心、肝が冷える。


「俺が言霊の状態を感じることか? 確かに相手が事実を口にした時とそれ以外では感覚は違うが、いつでも誰からでも読み取れたら、異能者カフナとは行かずとも、俺は異能の方で将来が決まった。君は知っていると思っていた」


 自分の瞳が冷淡に友人へ向いているだろうことをロカヒは知っていた。「ご兄妹で対照的ね」はロカヒにとって聞き飽きた言葉である。

 天真爛漫で感情豊かな妹の瞳が望まれている、と知ってもロカヒにはどうしようもなかった。弱いながら異能を受け継いだ彼は、自ら言霊を宿らせる力には恵まれない一方、他人の言霊への感受性が鋭く、虚言や歪曲、悪意を自然と見極めてしまう。それを悟られまいと表情は消えて行った。

 目の前の幼馴染とは気が合う、合わない以前に鎧を纏わざるを得ない部分が昔から似ていただろう。そこを説明し合わずに無口でいられる楽さをロカヒは感じて来た。しかし、それが一方的な思い込みだったような空洞も最近、彼は自分の傍に感じる。


「そうか。御免ね、ロカヒ。邪魔をして。レアは異能がないから読み難い、と言っていたよね。つい君なら……その、彼女が変な覚悟を決めていなかったか、感じ取れていたら、と思ってしまったんだ」


 相変わらず物憂い微笑を浮かべ、ケアヌは物腰柔らかに受け答える。


「変な覚悟?」

「……女の子が数か月、退廃区で生きたら悲観してもおかしくないよ」


 ここでロカヒは初めて眉をひそめた。レアが自死を望んでいないか、と言いたいようにも聞こえる。彼は目を閉じ、息を吐き出す。

 正直に言うなら、今、ここで彼と妹について話したくはない。誰から足を引っ張られるか判ったものではなかった。かと言って、二人になれば勝手な憶測を呼ぶだろう。


「随分、レアを気に掛けるんだな。正直、意外だった」

「一族の決めた政略結婚だろう、って? 他に好きな子もいないのに、そこを問題に思ったことはないよ」


 その発言に偽りはロカヒも感じない。

 しかし、ケアヌの言霊は普段から幾らかの混じりけを含んでもいる。全体の姿も変えてしまえる不純物が、常に同じように安定しているのがロカヒには気味悪くもあった。

 ロカヒが不純物と感じる揺らぎの源はほぼ全ての人が言霊に含む。名うての言霊使いである彼の父親にさえ混じるのだから、寧ろそれが普通なのだろう。只、何を話す時も変化のない人間は余りおらず、ロカヒの知る子供ではケアヌ一人だった。


「後、僕も最近、少しは役に立て、と言われててね。実は、僕が君と話したら家が隠し事をしていない、ともっと理解されるはずだ、なんて口にする親戚もいるんだ」


 瞬間的にケアヌの言葉が言霊の乱れを生む。これは虚偽を含む発言だ。

 彼は極めて柔和なまま、自然と会話を続ける。それにつれ、生まれる言霊は整って行き、一時の不調はその中に取り込まれた。

 ロカヒが彼を『判らないご令息』と思うのは、こういう所だ。嘘に敏感な自分を承知で平然と偽りも話しかける。まるでそこから何かを読み取れ、と言われているようでもあり、読み取った所で何ができると思われているようでもあった。


「ロカヒ、実はね……僕、ハクメレさんの太鼓イプヘケカウナを以前、預かったままなんだ」


 それを聞き、感情の乏しいロカヒの顔がゆっくりと友人へと向く。またケアヌはあの寂しそうな笑みを浮かべた。僅かな沈黙が二人の間で交換される。


「そうか。俺には必要ない物だから君が処分してくれ」

「判った。でも、レアが見付かって彼女にも確認するまで預かってるよ。それじゃあ、失礼するね」


 最後まで仮面のような笑顔をつけたまま、立ち去るケアヌの背からロカヒは視線を外せなかった。それは彼が父の死を暗示して行ったからだ。

 イプヘケは詠唱歌手としての父が大切にしていた楽器。その演奏の音に影響するカウナにも繊細に気を払っていた。それが他人の手に渡ることはまずあり得ない。処刑され、持ち主がいなくなったのでもなければ。


(偉大な異能者カフナと呼ばれても、異能など、そんなものか)


 卓越した言霊の能力を持つからこそ、星の方針と妥協できなくなった時、異能は発揮されない畏れもある。一度、形にすれば誰でも使える機械技術との違いだ。権威だけある反抗者など、後顧の憂いになるだけと見做されたか。

 心の嵐を抑え切り、ロカヒは上司の元へと歩き出す。ケアヌに感じた違和感を彼は忘れていた。


「やはり兄妹。似てるよ、反応が。判り易い」


 ケアヌは外に出ると、独り言つ。それから、ずっと連れ立っていた隣りの男に初めて視線を注いだ。


「ロカヒ殿は私に気付いていらっしゃらなかったようですね」

「ああ、僕もそう思う」


 ケアヌは今日も降り続けるペレの涙を見上げる。そして、彼は黒々とした結晶に手を伸ばした。


「これ位まで行けば、実用に耐えそうだね」

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