第13話 総督府にて

「本当に妹を逃がしてないだろうな?」


 今日も同じ言葉がロカヒに投げかけられた。内容は同じだが、口調も発言者の眼付も日に日に険しくなり、最早、疑念を彼から隠す気もないだろう。

 レアが退廃区から姿を消して三ヶ月以上が経った。消耗させたところを接触するロカヒの計画は母アヌヘアの書いた一頁を手に入れるまでは上手く運んでいたと言える。

 後は何日か泳がせれば十分のはずだった。

 ところが、妹を運ばせた捜査官が報告に離れる、ほんの一時だ。レアは姿を消した。以来、彼女を見付けられていない。


 只、発見できない自体が大きなヒントはくれている。

 まず、あの状況で連れ去れる以上、異能が働いていることは間違いなかった。しかし、ロカヒ自身、多少の異能はあり、その発動には敏感な方だ。他にも二人、異能持ちもいた。全員が気付かなかったなら、相手がかなり上手か、余程、異端な能力かである。

 異能者カフナは星が抱えているため、そこに辛うじて届かない域の使い手でも雇うには大金が必要だった。それを払える人物は多くない。

 そのことからロカヒはレアの居場所をほぼ2つに絞っていた。

 あれ以来、総督府が直接指揮しての捜索が続いている。並の勢力では隠せない。

 可能な代表格は、八つの元首長アリ・イ一族だが、水泥棒の縁坐から年単位で匿えるとしたら、せいぜい三家だ。その中で一番、有力なのは、やはりケアヌの関係だろう。


(そもそも、あいつが余計なことをするから拗れたんだ)


 ロカヒは無表情の下で毒づく。

 あの日、ケアヌがレアを家に帰していたなら、そこで母と共に拘束された。であれば、妹も逃亡生活の苦労などせずとも済んだ、とロカヒは思っている。

 ハクメレの子の烙印がどれ程、強力か彼は長く味わって来た。

 ならば、その烙印が救ってくれる時こそ使うべき、それがロカヒの割り切り方だった。彼も拘束された日から、唯、待ちの姿勢で今の環境を得た訳ではない。最初に自分に糸を垂れたのは、やはり娘との結婚を仄めかす他の首長一族だった。


(連れて行くなら、婚約した時から自分のもの、とでも言い張って敷地から出さなければ良いんだ。何を中途半端なことをしているんだ)


 ロカヒは知らず眉間にしわを寄せた。

 当のケアヌはあれから表に出て来ない。自分達一家と彼が伝染病と扱われたのも、彼を守るためではないか、とさえロカヒは疑った。水泥棒やその家族の逃亡を助けた噂が立つのは論外だが、13歳の婚約者を連れ去ったとしても醜聞だ。共に葬る位は、あの家は考えそうに思えた。

 彼等ならばレアを見付け出し、手元に置く力も名目もある。


 しかし、彼には一つ腑に落ちない点もあった。

 かの家がレアを拾うなら、あのタイミングである必要はない。全力を投じたなら、母と行動している間に発見することもあり得そうだ。この総督府のある地を元々、治めていた、という家の地縁、人脈は伊達ではない。


(名家の嫁入り修行か? レアだからな。一度、痛い目を見た方が話が早い、とは俺も思ったが。死んだらどうする気だ。しかし、よく判らない『ご令息』だからな)


 ロカヒは今度は深い溜息をついた。

 妹の消えたタイミングに関しては誰が匿ったとしても不思議さは残る。ケアヌの家が最有力であることは動かない。


 只、彼には気になっていることが一つあった。レアと同級だったウリである。

 両親の事件後、間もなく彼は学校に来なくなった。伝染病は商売に関わる、という理由で、家に教師を住まわせる、と言われれば、今まで学校に来ていたのが不思議な位だ。実際、届け上、ウリには姉がいるが、彼女の方は一度も姿を見せたことがない。


(まさか、とは思いたいが……)


 レアがアヒに隠れて水をやろうとし、危うく反逆となりそうだった時のことをロカヒは忘れられない。あの時のウリの言動、態度。水泥棒への規範意識がマヒナ人と異なるのは彼も痛感した。


(自分の家が水を売る以上、俺達と同じはずはないがな)


 この辺りの宇宙は水に恵まれた星が少ない。商機を求め、遠出した先、他の業者では不可能という危険な星からカイマナ水の汲み上げを成し遂げたオーウリ商会を営む一家だ。感覚も財力も並ではないだろう。

 どこからか「詩」の情報が流れていたら、機に敏い経営者が手に入れようとするのは自然な流れだ。ロカヒには判らない理由でレアを匿う可能性さえある。


「こちらから手を打つか」


 彼は立ち上がった。

 このまま、成果が出なければ自分の立場も悪くなる。水泥棒の縁坐の見えない紋章はいつも付いて回り、いつその重みに潰されるか判らないのが彼のこれからの人生だ。

 ケアヌの家は誰もが疑っているが、誰も自分が口にしたくないだけである。提言する価値は低く、危険は大きい。

 それよりは余り焦点の向いていない水商人に探りを入れる方が良い、とロカニは踏んだ。様々な取り決めの中で貿易が許されている以上、公に確認はしやすい。

 その時、


「ロカヒ、大変だったね」


 聞き間違えようのない声がかかる。冷静を装うことも忘れて振りかぶった先には、妹の許嫁の、淡褐色の瞳が穏やかに待ち受けていた。

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