第12話 水商人の家

 顔色も変えず黙ってレアを見るラウリマは何かを吟味しているようにも見える。彼女は暫く応答を待ち、口を開いた。


「おじ様は母様の仲間なの?」

「僕がアヌヘアの水泥棒一味か、って意味? それは違うね。考えてご覧。僕はカイマナ水を高く買って欲しい人だ。マヒナの方針は僕には悪くない」

「皆、困ってるのに?」


 思わずレアは不満げに応じてしまう。しかし、ラウリマは機嫌を損ねるでもなく、寧ろ面白そうに演技めいて手を広げた。


「そこを解決するのは僕じゃない。僕は一応、水がなくて困ってるマヒナにカイマナ水を運んで来る位には助けたい。でも、それ以上じゃない」

「こいつにそんなこと言ったって判んないだろ」


 不意に扉が開き、ウリの声が割り込んだ。


「他の星も前より水を欲しがってるから、本当はうちは何処にも売り放題なんだ。わざわざ遠い癖に面倒臭いマヒナに水を持って来る業者は減ってる」

「まるで見て来たように言うね、お前は。誰に似たんだろ」


 ラウリマは半ば感心するように、半ばからかうように息子に話す。ウリはブルーグリーンの目を端に寄せ、父親を睨んだ。


「おじさんの水で私達は生きてる?」

「お陰で儲かってるよ」


 彼は陽気にお道化る。しかし、暫く口を噤んだ後、少し決まり悪そうに語り出した。


「貴重なものは取り合いになる。君の星ではそれが水だから深刻だ。でも、マヒナ全土が退廃区みたいだったら僕は水を降ろすこともできない。だから、僕はその星なりに秩序が保てているなら反逆の類いに手は貸さないだろうね」


 ならば自分を匿っても良いのか、とレアは疑問が浮かんだが、それを口にして出て行くよう言われるのも今は怖かった。

 すると、こつこつこつ、と壁が鳴る。閉じ切っていない扉の影から背の高い女性が顔を覗かせていた。彼女は何か話したげに口を開きながら大きな歩幅で踏み入る。先んじるようにラウリマはレアを指し示した。彼女は背筋の伸びた姿勢でじっと見下ろしたかと思うと、


「初めまして、レア。ハウケアに留学してたアヌヘアと友達になったんだよ」


 明快に挨拶する。その姿勢、動き、口調、何もかもからレアは迫力を感じた。しかし、レアは留学の語にはっとする。


「マヒナから余所の星へ行くのは禁忌じゃないの?」

「普通はね。でも、アヌヘアは普通じゃなかった」


 何事でもないよう彼女は応えた。


「ハウケアは工学が進んでるんだ。詠唱オリを深化させたマヒナと違い、異能の中心が歌舞フラだから、うちの星は俗な現実では技術を開発した方が良いって気風でね。でも、マヒナも異能者が減り始めてアヌヘアを留学させたんだよ」


 彼女は何か懐かしいものを見付けたようにレアに近付く。不意にぼさぼさの黒い頭を撫でられた。


「すみませんが、奥様、本題に入って貰えます? 例の詩のことでしょ?」


 言い難そうに遠慮がちに促したラウリマへ彼女は邪魔された不機嫌を顕に向き直る。


「深読みするとなんだけど、『天が泣く時、大地が生きる』と読める箇所が幾つかあった。マヒナはペレが泣くことで地が傷むから当て嵌まらない。神話的な記述だ。そんな昔話が何に繋がるか不思議だったんだけど、プーの伝説を思い出したんだよ」


 淡々とした口調ながら、そこに熱が籠っているのは明らかだった。しかし、それは確かにマヒナの言葉だが、レアには意味の判らない単語や言い回しが多い。首を傾げると、ラウリマも素っ頓狂な声を上げた。


「え? 電磁波で『水降る星』からメッセージが送られて来たって、アレ? あれって大昔の宇宙船乗りの間のミームか何かじゃ……」

「多分ね。でも、今回はその真偽はどうでも良い。プーの伝説のように来訪を拒まない『水降る星』がある、って示唆したい可能性はない?」


 彼女の表情は真剣で、意思と姿勢で有無を言わさず他人を巻き込んでしまえる熱量がある。レアにとっては魅力的な人だった。

 しかし、夫であるラウリマはそれを物ともせず、茶化すように反論する。


「いや、人が住める水の降る星なんて、どこも来訪は拒むでしょ。じゃなきゃ、僕達、あんな危険を冒してカイマナ水なんて汲んでないからね。カイ、君が拾う前に誰かがすり替えた可能性は?」

「ない」


 不機嫌にカイ、通称ウリは一言だけ返した。


「やっぱり異能者の歌詩なんじゃ……キリフネさん、その辺、判んないの?」


 呼ばれた彼女の名にレアは固まった。神話や他の星の物語には、天から結晶ではなく、水が降る世界がある。彼等はそれを雨と呼び、その神話で使われる水の雨の語に敬意を払って、マヒナでは雨も名づけには使わなかった。キリフネは霧雨という雨の一種だと言う。

 これがマヒナは詠唱オリが発達した、という違いなのか、とレアはふと考える。


「星が違えば音が違うから、私が唱えて反応しないだけなら良いけど、下手すれば悪果を結ぶよ。試す訳にはいかない」


 そこまで聞くと、レアは堪らず、恐る恐る尋ねかけた。この迫力ある女性に声をかけるだけでも心臓が強く収縮する。


「あの、キ、キ……異能者なんですか?」


 名前を口にすることはレアには出来なかった。


「ああ、私はここではハクメレで通ってるから、そっちでも良いよ」

「ハクメレ!?」

「言っとくけど君のお父さんみたいな能力は期待しないで」


 そう告げると、彼女ははっと気づいて手中の紙束を見る。


「あ、そうだ。この紙がどの位、揃っているか確認してもらおう、って話で持って来たんだった」

「そうですよ。それがいきなりプーの伝説とか、吃驚した……レア、如何? 紙はまだありそう?」

「350枚位だったかな。一日十枚隠そう、って思ったから大体その位」


 それを聞き、多いのか少ないのか、とぼやきつつ、ラウリマは手元の紙につけられた印を確認する。


「今、家にあるのは百枚ちょっとだね。全然、足りない。レアが隠した場所とアヌヘアが隠した場所を君が少しでも思い出してくれると助かるんだけど」

「毎日、思い出せたら、その日はここに無料タダで泊まって良いですか?」


 レアは真面目に聞き返していた。

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