潜伏

第11話 限界の来る星

「とうとう連れて来たか」


 ウリの家に上がったレアとリポを出迎えたのは彼の父親ラウリマだった。兵士と言われた方が納得する体格の良さに、思わずレアは気おくれしたが、呆れたような嘆きの声には商人らしい独特の愛嬌がある。


「追跡対策はしたのか?」

「どっちも水ぶっかけたから」

「マヒナではそれが最強だがな……」


 了解する一方、彼は損失が幾ら等と小声でぼやいていた。

 乾いた星マヒナでは、異能も機械も水対策の必要がないどころか、対策を考える水を用意することもまずできない。その結果、濡れると術も技も大抵は混乱するため、大量の水で濡らせば追跡や監視はほぼ不可能だ。

 それでも金銭感覚を忘れない商人を目の当たりにしたレアは、やっとここに来たことを正解と感じていた。自分を匿うことを「釣り合わない」と感じた時、ラウリマは無理はしないだろう。


「どうせ体、洗うのに同じ位は使ったぜ。滅茶苦茶、汚かったんだ。風呂場の掃除も考えたら絶対、安上がりだって」


 ウリは淡々と居間に進み、柔らかそうな長椅子に寝そべる。


「それじゃ、早速……」

「待って。先にリポ……この子を休ませて」

「は!? なんで僕だけ? あんただけなんて騙されるに決まってるだろ?」


 出来るだけリポを関わらせまい、とレアが気を回すと、彼女は怒り出した。異星人の多いハーパパ地区に入ってから特に口を開かなくなったのが、緊張ではなく警戒だったことに彼女は気付く。

 それをラウリマと二人、なんとか宥めると個室を貰う条件を引き出したところでリポも折れた。


「頼もしい仲間をお持ちで」


 ウリとリポが出て行くとラウリマは苦笑する。それから少し意味ありげな目つきに変わった。


「君は強運過ぎるな」

「逃亡生活せずに済む人の方が強運では?」


 首を傾げながらレアが言うと彼は、そうだな、と軽く笑って棚を開ける。そこに設置された金庫を慣れた様子で操作し、彼は汚れた紙束を取り出した。レアの顔が輝く。


「先に言っておくよ。僕は商機かもしれないから、これを集めた。あのアヌヘアが何かを発見したなら、と思ったんだ。既に書かれた内容を読み解く作業に入ってる」


 彼女は頷いた。


「でも、今のところ、手掛かりなしだ。異能者にだけ有効な詩の可能性もある。それでも代価は払うけど、アヌヘアの技術と関係してるかどうかで出せるものは大きく違うからね。君はそこを気を付けた方が良い」


 相手がまだ我が子と同じ歳だからだろうか。ラウリマは商売の損得勘定より大人としての忠告を優先した。レアははっきりと答える。


「母が関わっていると思います」

「うん。交渉はその位で良い」


 すると、レアはかぶりを振った。


「母は父が詩を作った、それを自分が書き留めた、と言いました。父は異能が強いので心と言葉が重なっているなら言霊が働きます。それが生じないのは父が共感できない内容だからだと思うんです」


 途端にラウリマの目の色が変わる。


「それは……本当?」

「経緯は私だけに話したと思います。でも、父様……父がそれが理由で無口だったことを親しい人は知ってます」


 レアが言い直すのを聞き、彼は楽し気な表情に戻り、椅子にもたれてみせた。


「お互い楽に喋ろう。僕もマヒナ語としては発音が変だろう?」


 彼は水差しとグラスをトレイごと引き寄せると、水を注ぐ。金属の容器がかちゃことと音を立てていた。グラスの水は石が交ざっていないが、それが濾過後のカイマナ水であることが判る。

 差し出されたグラスを両手で掴みながら、レアは尋ねた。


「父様と母様は本当に水泥棒なんですか? ウリ……君、ウリ君は学校では否定されたって」

「あぁ、呼び捨てで構わないよ。ウリは愛称の感覚だし。ハウケアではカイなんだけど、本人がマヒナしか知らないからウリに馴染んじゃってね」


 レアは息を飲んだ。

 この辺りの幾つかの星でカイは海を意味する語である。海はこの星にはないが、見渡す限り水の場所を指すらしく、水を操れる異能者以外がその名を持つことにレアも気恥しさがあった。

 そのような様子に慣れているのかラウリマは少し笑んでから話を進める。


「水泥棒か。まずご両親は公開処刑になっていない。でも、ハクメレさん程の異能者は公開では処刑されないよ。星に動揺が走る」


 ほっとすべきか判らない指摘にレアは沈黙した。処刑の鐘が鳴る度、父か母かと怯えた逃亡中が思い返される。その夜は広場へ稼ぎに行った子達の話に耳をそばだてた。だから、公開処刑されていない期待は持っていたのだが。

 ふと、その時、ラウリマの言葉にレアは一つ違和感を感じる。


「母はこれから公開処刑されるかもしれないんですか?」

「彼女をマヒナが殺しても得はないから生かしておく可能性は充分ある、と僕は思ってるんだよね。言い方、悪いけど、君のお母さんマ・アマ・アは金の卵を産む鵞鳥なんだよ」


 彼は迷いながらも話し続けた。


「一応、マヒナでは秘密なんだけど。この星はこのままではカイマナ水に依存することになる。理由の一つは異能者が生まれなくなってること。でも、もう一つ深刻な理由があって、水を取り出せる石が枯渇して来たんだ」


 しかし、内容がピンと来ていない表情で黙るレアを見て、ラウリマは考え込む。どの石から何が取り出せるかは、それを職にしなければマヒナでは余り知ることがない。それらは禁忌カプの一つという意識が根強かった。


「異能者不足の懸念を解決したのはアヌヘアの技術。そこを考えると、今、彼女を処刑してる場合ではないんだけど……権力者ってのは僕等に見えないものを見てる時があるからね。絶対ではない」


 手の中で水がゆらゆらと小波を打つ。向こう側が透ける程、澄んだ水は彼女の逃亡生活中、神殿の撤下品以外で見ることは適わなかった。その貴重さが今ならレアにも判る。


「私と兄様の未来の幸せのために水泥棒を覚悟したって」

「アヌヘアがそう言った?」


 レアは頷くと、金の瞳をラウリマに据える。


「母様は何か手だてがある。そう思いませんか? おじ様、母様を知ってる人でしょう?」





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