まだ半分

@7gisaka

第1話

「海に行こう」

突然の連絡。「行かない?」という提案でもない、強引で唐突で端から見たら自分勝手を極めた連絡だ。だけど私は慣れている。親友からの連絡だからだ。

「今から?」

「今から」

おぉ、と声が漏れそうになる。付き合いが長いといえど、ここまで脈絡なく急なことはなかなかない。きっと、何かあったんだ。することもなくて暇だったからちょうど良い。机に積み上げてはいるが七月以来手をつけていない課題が目に入る。入らなかったことにした。夏休みはまだ半分ある。待ち合わせ場所と時間を決めながら準備をする。スマートフォンと、ハンカチと、ティッシュと、定期と、お財布と…これは所謂海水浴に行くのだろうか。それならもっとお金は持たなくちゃいけないし、水着や大きなタオルも持たなくちゃいけない。テンションが遊びに行くようなものではなかったが。

「あ、水着とかは持って行かなくていいからね」

見透かされたようにメッセージがくる。それなら、と小さめのタオルとレジャーシートだけ持って家を出た。


お待たせ、と既に待ち合わせ場所にいた親友に言う。ん、とだけ返ってきて歩き出す。

「どこの海行くか決めてるの。」

「まあ。誘ったわけだし。ここ。」

そういって見せてきた液晶には質素な海の家もない海岸が映し出されていた。なるほど。なんとなく理解した。これならそう遠くない。早速電車に乗ろうとしたがお腹が鳴ったので食べていくことにした。中学生の時から遊ぶときは大体行っているカフェ。もう食べるものも固定されてきているのに何故かやめられない。安心感がある。

それからしばらく電車に揺られた。海に行くならもっと華やかな海に行くのか人はほとんどいなくなっていった。スマホをいじりながら課題が終わらないだの、文化祭は楽しみだけど準備が終わらないだの他愛のないことを話す。

「最近、SDGsとか環境問題とか多すぎじゃない?たまには他のこともやりたいんだけど。」

「実際大変な問題だし、仕方ないんじゃない?今日も暑いし。」

「でも、読むもの調べるもの発表するもの全部それ関係なのも良くない気がするんだけどなあ。」

「だいたい人間が原因なら人間がいなくなれば解決するんじゃない?」

「そういうわけにもいないでしょ。」

人がいないことを良いことにぐちぐち言う。なんだか、私たち以外の人がいなくなってしまったように思えて怖かった。でも、課題を出してくる先生も、気になる人も、気になる人とよく話すあの子も、まだ気を遣うクラスメイトも、自分に関心があるのかないのか微妙にわからない親もいなくなれば楽になるのかもしれない。親友と暮らすとしたら。きっとすぐに餓死するだろうな等と思っていたら視界が開けた。

海だ。薄く雲がかかった青空の奥にぼんやりと水平線が見える。綺麗だ。遺伝子に刻み込まれているのか何歳になっても誰といても窓から見える海を見るとはしゃいでしまう。疾走感のある電車なら尚更。ちらりと隣を見てみるとスマホを眺めていたはずが顔を上げて海を見ている。揺らめく水面が思い思いに太陽を反射したり陰を映したりして模様を作っている。セロハンを何重にも重ね合わせたような海は穏やかで遊ぶのにもってこいだ。


改札を抜けて少し歩くともっと広くなった海が見えた。葉っぱの隙間から光が落ちて、青が見える。

「海だね!」

「そりゃ海に来たんだから。でも海だね。夏だね。」

近づくと海の匂いが漂ってきた。もう我慢できない。もたつきながら靴を脱いで、靴下を脱いで…あつっ

「あっっっつ」

「あつっっっっ」

熱い熱い熱い。鉄板に足が焼かれているような感覚。えまって本当に熱い。貝殻が容赦なく足を突き刺してくる。痛い。二人であっつだのいっただの騒ぎながら急いで水に足を突っ込む。あ、冷たい。焼かれていた足が急に冷えていく。この気温と砂浜にそぐわない冷たさだ。粒の大きな貝殻とガラスの破片と砂と海水が混ざり合って足にまとわりつく。思わず笑みがこぼれる。

「へへ、海だね。」

「うん、海って久しぶりかも。」

「私も。ってか誘ってきたからよく行くのかと思ってたよ。」

「いやぁ?まあ、ちょっと話したくて。」

「そうだ。絶対何かあっただろうなって思ってたの。」

「はは、ばれてたか。」

「わかるよ。それにいきなり海に行こうなんて明らかに何かあったでしょ。」

「あー確かに。」

寂しそうな笑みを浮かべていた親友がぼんやりと水平線に視線を戻す。沈黙を埋めるように波がさざめく。

「あのさ、夏休み始まってほとんどクラスの授業の発表の準備をグループでしてて、それで部活も行けてなくて。まずいな、どうにかしないとなって思ってたらクラスのグループの人と喧嘩しちゃって。部活に逃げてみたら皆優しかったけどやっぱりずっと休んでたから棘があって、実際ブランクっていうか差もあって。なんかもうどうしたら良いかわからなくなっちゃったの。それで今日どっちも休んだけどやっぱり何も解決しない。それで付き合ってもらったってこと。ごめんね、わがままに付き合わせて。」

 「私のことは気にしないでいいよ。頼ってもらえて嬉しいし。結局私たちはお互いに寄りかかるしかないんだしさあ。」

 親友の声は感情を上からまっすぐに無理矢理押さえつけたような声だった。震えも何もかも狭いところに押し込めたみたいに。私は顔を見られなかった。親友と同じ水平線を見たまま肩に頭を乗せてみた。

 「確かに人間みんないなくなったら解決するね。」

 笑ってみたら上でうっすらと口角が上がるのが見えた。

 「重い。私が言うのもあれだけど、せっかく全部から逃げてきたんだし海を楽しも。」

 そう言うと親友は私の頭を元に戻して水をかけてきた。やったな。私の恩も知らず。水をかけ返してやった。しばらく夢中で水をかけあってはしゃいだ。人間関係にここまで苦しんでいなかった小学生の頃のように楽しんだ。楽しい。ひとしきり遊んだら今度は貝殻を拾って、砂で遊んで、気づいたら空は茜色になっていた。

 「綺麗だね、来てよかった。誘ってくれてありがとう。」

 親友は少し驚いたような顔をしてはにかんだ。私が一番好きな顔。

 「うん。一緒に来てくれてありがとう。」

 そしてくるりと回ってじゃあ帰るかと呟いた。

 「明日、学校に行って謝って、頑張ってみるよ。」

 二人でゆっくりと夕焼けを歩き出した。夏休みはまだ半分もある。

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