秘された英雄譚

「俺を、見た?」


 鎧の下に魔法力を思わせる青い光が灯る。

 巨兵はマトを守るように立ちふさがると、アトリと相対した。


「おいおい、マト! この裏切者っ!」

「多分これ、何かの迎撃システムですよ師匠っ」

「見れば分かるわ!」


 ――ブンッ、と大剣が振るわれる。


「ひあっ」


 アトリは転がってどうにか避けるも中々反撃に移らない。

 魔法鉱石で構成されているであろう巨兵に対して自然魔法は効きづらく、魔法鉱石さえ砕く強大な魔法を放てば部屋が崩れる可能性があり、反対側にいるマトさえ巻き込む可能性があるからだ。

 

「マト、多分、奥の部屋に行く仕掛けがあるはずだ。私は三節の魔法を唱える、加減は出来ないぞ」


 ――ドンッ、と大剣が床に叩きつけられ部屋が軋む。


「仕掛けって言ったって」

「はやく見つけないと私がミンチになってしまうだろっ、剣の魔法ソルド、我が身を守れっ!」


 アトリの魔法力で編まれた巨大な剣が現れ、彼女の身を隠すと。

 ――ギンッ、と巨兵の振るう大剣とぶつかり合う。


「あ、そうか。俺が居るから雷を撃てないのか」


 マトはアトリが反撃の魔法を使わない理由に気がつき急いで思考を巡らせる。


「……ゲームだと。いや、もし俺が何かを防ぐ目的で此処を作ったとすると。ここは袋小路にする。見つけやすい出口は作らない……。物理的な出入り口はない、のか?」


 ならば――あの巨兵が転移してきたように、召喚者も転移できるのでは。


「灯火の魔術よ、我が指先に灯り強く輝け!」

 自らの体内から魔法力がごっそりと抜け落ちる感覚に陥りながらも、マトは自らの周囲を満遍なく照らす。


「どこかにあってくれよ」


 ペタペタと壁を触り、台座にも触れ――。


「あ。あった」


 台座の裏側に凹凸を見つける。


「アトリ! 台座の裏にも転移魔法の起動キーが刻まれてる。先にいってるぞ!」


「さっさと行けっ、うわっ、殺す気かこのっ」


 巨兵と戯れるアトリを見つつ、マトは僅かな魔法力を指先に集め――消失した。


「……はぁ。まったく、このデクノボウめ。我が雷霆で……おっと、あの台座を壊してはまずいか。ともかく、格の違いを見せてやるからなっ!」


 マトの転移を確認したアトリは、ニンマリと口角を上げた。


・・・


「うわっ」


 初めての、いや、二度目の『転移』にマトは対応しきれずに倒れる。


「どこだ、ここ」


 硬い地面。僅かに感じる風の流れ。


「あの鎧、何を守ってたんだ」


 幸い指先に灯ったままの『光』を頼りにマトは進むと、やがて開けた場所に辿り着いた。

 人の来訪を感知したのか。魔法力に反応したのか、マトの周囲に光が広がっていく。


「さっきの場所とそっくりだ」


 違う点があるとすれば、それは巨大な石碑があること。


「秘された石碑みたいな魔法力は無さそうだけど。それじゃあ、これは、ただの記録? 古文みたいな……。なんかさっきより読みにくいなぁ」


 マトは日記帳を捲りながら石碑の文章を解読してく。


「『古い。書く。古い。女。神』いや女神か。つまり古き女神、魔の神、倒せず『人。生まれる。力』ってのは……、人より生まれる大いなる力」


 そこに書かれるは太古の争い。

 女神と魔神の戦い。


「ゲームの設定みたいだな。アドミニアって……『人。勇者。魔。王。魔。着く』到着……いや至るかな。魔は至る、羽。悪魔の羽根なのかな。『集まり、至る、巨大、身体』と」


 マトは息を吐き日記帳を捲る。日常で使う言葉と珍しい言葉、アトリが使う言葉を乱雑に書いているだけあり、日記帳は辞書のように便利では無かった。


「清書しておけばよかったな。というか、スマホ持ってれば写真とれるのに。それでえっと、『女神、勇者、合わせ。魔。封印』なるほど、ファンタジー世界っぽいけど魔王が居ないのは既に封じられているからか。『女神。消える。勇者。眠る。高い。山。深い……』なんだこれ、底? 土?『くさび。生まれる』」


 ぶつぶつと思考を漏らしながらマトはどうにか石碑を解読していく。これもアトリとのマンツーマンの言語学習による旅の成果かもしれない。


 女神は人より生まれた勇者と共に魔王と対峙する。魔王は大いなる身体、大いなる羽根を持つに至るが、女神と勇者によって封じられる。

 女神は消え、勇者は眠る。高い山、深いそこにて楔が生まれる。


 マトは自身の日記にそう記した。


「『ここ、眠る、人、王。書く。置く。秘された。歴史』って事は。これは隠された墓所で。……エジプトの王家の谷みたいに、盗掘を恐れたのかな……にしては寂しい場所だけど。『忘れる。だめ。魂。続く。石碑』石碑いや碑文かな『記す。封印。文字。未来。遠い。消える。役目。碑文』か」


 碑文、それは妖精文字が刻まれる、世界に遍在する妖精魔法が刻まれるモノ。その誕生は遥か昔の出来事だったらしい。


「なんだ、難しくなってきた。王様が書き置く歴史、碑文は記す、封印の文字。忘れてはならない、魂は続き、遠い未来に、やがて消えるだろう……かな。『遠く。願う。幸せ。多くの人』かぁ。はぁ、立派な王様だったのかな……ん? ここだけ文字の質感が違うな」


 新たに掘られた文字なのだろうかと、マトは一段落ちた場所に書かれた文を更に読み進める。


「『新しい。女。王。忘れる。だめ。役目』で終わりか」


 マトは文章を読み終え、石碑から離れる。

 かつての己の世界でも慰霊碑を見た事があった。ここは、そういう意味合いのある場所なのかもしれない。

厳かで、慎ましく、神聖な場所なのだ。


 ――ここに人の王は眠り、ここに記す。かつて起きた秘された歴史。

 忘れてはならない。碑文に刻まれる、魂の文字。遠い未来に、消えるまで。

『新しい女王は、忘れてはならない。己が役目を』


 自身の訳に自身を持てないまま、文字を記録する。


「ここでお宝があればっていうのは、ゲーム脳が過ぎるな」


 マトが自嘲の笑みを浮かべると、――フッと石碑が消失した。


「あれ?」


 マトがキョロキョロと周囲を観察していると。


「は、はは、どうだマト。この賢者アトリに掛かればあの程度の鎧など、はぁ、楽勝というものだよ」

「いや全然そうは見えないけど、大丈夫?」


 後ろからボロボロのアトリが現れた。

 マトからすればアトリが負けるとは露ほども思っていなかったのだが、どうやら想定外の苦戦だったらしい。


「まあ、我が人生において三指に入る強敵ではあったかもな。それで? お宝はあったかな?」


 弟子の前で情けない姿を見せたくないのか、アトリは虚勢を張る。

 

「えっと。アトリが来る前までは、石碑が。石碑には、魔王とか女神の話が書いてあって」


 マトが説明しようとすると。


「……ああ、そうか。ここは霊廟なのか。道理で門番が強い訳だ」

「アトリ、知ってるの?」

「むかーし昔、遥か昔。似たような石碑を見た事がある。しかし……消えるとは手が込んでいる。私も実物を拝みたかったが、なるほど。門番を倒した瞬間に転移する仕組みかな」


 アトリは感心したように周囲を観察する。


「でも、そんなに大切なものなのかな。それこそ、複写しておけばいいのに」

「燃やされたり、砕かれたり、滅ぼされたりすれば歴史はあっけなく途絶える。実際、今のアドミニアにおいてその話を知る者は限られているよ。考古学者以外は興味も無い遥か昔の御伽噺だからね。ただ、それでも秘されたこの場所にて、継がねばならない記録だったのさ……。まあ、我々からすれば報酬の無い冒険となってしまったけどね。はぁ。はーあ、疲れたっ。私は少し寝るっ、マトは帰るための装置を探しておいてくれ! もし無ければ、地上までぶち抜くからな」



 ゴロンとふて寝したアトリを見下ろし、マトは日記帳を開く。

 せめて自分もこの場所での記憶を、遺しておこうと思ったのだ。

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異世界浸食都市東京~賢者アトリと秘された石碑 ~ 光川 @misogi-mitukawa

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