マトの魔術と秘された遺跡

 アドミニアの大地にはその中央を裂くように、まるで人と妖精の領域を分けるように山脈が連なっている。

 中でも一際背の高く雪化粧で彩られた山を『霊峰アドミニア』と呼ぶ。


 賢者アトリと従者のマトは山脈に沿うように寂れた街道を歩く。街道と言っても遥か昔に使われていた名残を朽ちた井戸や石造の人工物に感じる程度で、草原といっても差支えはないだろう。


「マト、キミがアドミニアに迷い込んでどれくらいの時間がたつ?」

「半年か、そこらかな。正直、よくわかんないな」

「それなりに達者な顔つきになったんじゃないか?」

「野良犬みたいに、ただ単にボロボロになってるだけだよ」


 数日風呂に入らずともすっかり平気になったマトはかつての生活を懐かしむ事はあっても、振り返る事は少なくなっていた。


「まあそんなキミの些細な思いもこの雄大な山々を見れば吹き飛ぶんじゃないか?」

「……見飽きた。山脈といっても長すぎる。どこまで続くんだこの山は」

「そう言うものじゃないよ。アドミニアにおいても神秘につながる山だ。この山を越えると渓谷が現れ、その渓谷を越えると妖精の国があるのだからね」

「妖精の国?」


 マトはこれまで何度か妖精に遭遇したものの、彼等が徒党を組んでいる所を見た事が無かった。風の噂に聞く戦闘の最前線ではもはや「当たり前の光景」らしいが、戦火を避けて進む二人にとって未だ妖精の姿は珍しいものだった。


「かつては妖精の森と呼ばれていただけだが。私も妖精の森時代にしか行った事は無いが、それなりに愉快な場所だ。例えば建物。妖精は変わり者が多いが、その中でも人間の作り出すものに興味を持つ妖精がいてね。妖精独自の感性で作られた建物は統一感がなく歪で、その上で見ごたえのあるものだった。機会があればキミも見てみると良い」

「……トゥーンランドみたいな感じかな」


 マトは記憶の中のテーマパークを思い浮かべる。


「なんだ、キミの世界でもそういう可笑しな場所があるのか」

「それこそ作り物。テーマパークっていう、非日常を体験するための場所があって。友達とかと遊びに行くような場所ならあるよ」

「愉快じゃないか。いずれ世界を飛び越える魔法を持つ妖精が現れ、その魔法が実現したら、私も気軽に異世界旅行に興じたいものだ」

「そんな便利魔法を持った妖精がいるのかな」

「キミ御用達の言語魔法ですら夢の魔法だ。いつか生まれる奇跡を待つのも……」


 アトリは言葉の途中で視線を移し、キョロキョロとしだす。


「秘された石碑?」

「いや、違う。だが輝きの杖が力の残滓を感じた。いまや人の気配が無い場所とはいえ、かつては何かしらの意味をもつ場所なのかもしれない。マト、少し寄り道でもしようか」


 アトリはそう言って山の方へと進んでいく。


「山歩きが寄り道って……。湧き水でも見つけられればいいけど」


 二人は日の当たる街道から木々が生い茂る山の中へと足を踏み入れていく。


・・・


「アトリ。下準備もせずに入ったけど、魔獣のテリトリーだったらどうするんだよ」

「キミを拾った時の事を忘れたのか。私は単独でも森を踏破出来る実力者だよ。弟子一人がいたとてそれは変わらない」


 マトは旅の最中に学んだ知識を生かしつつ、木々に獣の爪痕が無いか糞尿の臭いが無いか確かめつつ進む。風に揺れる木々の音以外は何もしない、静謐な山中。

 アトリは本格的な山登りをするつもりは無いものの、木々を掻き分け進んでいく。


 そして歩き続けて二時間。


「見ろ……マト。秘された石碑ではなく、秘された遺跡があったぞ」


 自ら探しだしながら驚いたようにアトリが呟く。


 山肌を削り取ったのか、それとも元からあった洞窟を利用したのか、石で補強された入り口が二人の前に現れたのだ。今や人が出入りした様子はなく、ただ暗闇だけが奥に続いている。


「魔法力の痕跡って、こんな距離まで追えるものなのか」


 続く「師匠はまるで犬だな」という言葉は飲み込みつつ、マトは遺跡を眺めた。


「旅の中で力を増した輝きの杖あってこそだな。流石の私も、ここまで離れた場所を見つけられるとは驚きだけれど」


 アトリは輝きの杖で魔力を込めつつコンッと入り口の石を叩く。すると、遺跡の中に音が反響していく。


「さてここでクエスチョン。音が響いていくという事は、何を意味する?」


 ミステリーハンターみたいだなと思いつつマトは考える。


「えっと……。入り口だけじゃなくて中の方まで石や、固いもので作られている、とか?」

「ふん、いいだろう。つまり、何かしらの非生産的な意味を持って作られた訳だ」

「非生産的って。石炭とか、それこそ魔法鉱石を発掘する以外の目的ってこと?」

「どれほど月日が経とうとも、鉱石類を採掘するための場所ならもう少し開けているはず。だがこの場所はどうも違う意図、意味を感じる。もしや異教の神でも祭っていたりしてな」

「怖いこと言うなよ」

「遥か昔にあったという失われた伝承世界。神と悪魔、勇者と魔王の戦い。その時代のものだとしたら知的好奇心がくすぐられるじゃないか」


 アトリにしては珍しく、純然たる好奇心のまま中へ踏み入ろうとする。


「マト、この前教えた魔術を使ってみろ」

「えぇ。魔術って使うと疲れるんだよなぁ」

「つべこべ言うな。たまには弟子らしく師匠の行く先を照らして見せろ」

「……かしこまりました」


 マトは周囲を眺め、手頃な長さの枝を見つけると。


「よし。やるか」


 掌の中に魔法力を溜め、魔法力による疑似的な妖精文字を構築。妖精文字が輪のように動き始めたところで、枝先に移す。


「灯火の魔術」


 マトが呟くと、柔らかな光が枝先に灯った。


「やるじゃないか。もちろん、優秀な師匠が夜ごとに仕込んだからこそだがな」

「それはどうもありがとうございます師匠。んじゃあ行きますか」


 灯火の魔術の原理は単純だ。

 火や光と言った『照らすもの』の意味を持つ妖精文字を魔法力で再現し、対象に固着。すると魔法力を込めた妖精文字が霧散するまで周囲を照らし続ける。


「可燃性のモノが無くとも光源として使える便利な魔術だろ?」

「俺の魔法力を燃やしているんですけど」


 そう言いながら二人は石畳の上を進む。


「山の中で石畳とは。石を外から運び込んだのかそれとも掘った後、中で石を加工したのか。転送でもしたのかな。いや、まさかこんな僻地で……」

「確かに、そう言われると。壁や天井まで作るとなると大変そうだ」

「相当の情熱が無ければ作り上げられないだろうね……うわっ」

「おっと」


 マトは転びそうになるアトリの背を咄嗟に引っ張る。


「おお。危ない危ない。ありがとうマト、お陰でゴロゴロと転がって行かずに済んだよ」


 マトが足元を照らすと先が見えない階段が続いていた。


「まったく、何が隠されているのやら。お宝の一つでも見つけたいところだね」


・・・


 二人は暗い広場に行きついた。先ほどまでの狭く薄い空気の層ではない、広がった空間だ。


「さすがに魔術の光では物足りないな。この空間のどこかに照明や加工された魔法鉱石があるはずだ。探してくれ」


 アトリはそう言うと立ち止まり、輝きの杖を構えた。


「もしかして、ボス戦とか?」


 輝きの杖に魔法力を纏わさせるアトリを目にしたマトに嫌な予感が過ぎる。


「ボス……。ああ、以前聞いたゲームの強敵だったか。さてね。ただ昔こういう場所に来た事を思い出した。大概何か仕掛けがあるんだ。だから、キミが仕掛けを起動させて何か出てきたら私が対処する。これで行こう」

「囮じゃん俺」

「生き残れるように色々と仕込んでやっただろ、そろそろ実践編という事さ」

「まじかよ」


 マトは壁に手をつきながら歩くと、この部屋が丸い、輪を描くような構造だと推測した。


「輪、か」


 アドミニアにおいて輪という形は魔術や魔法と縁が深い。魔法力を循環させ効率よく力を発揮するために『輪』『円』『球』という概念は最適だからだ。

 マトは立ち止まると壁をペタペタと調べ始める。指先には文字らしき凹みが並んでいる。


「アトリ。多分、この部屋の何処かにある装置に魔法力を込めると、壁に刻まれた妖精文字が起動して何か起こるぞ。文字っぽいのが刻まれているのは魔法鉱石だ」

「ほう。良い推測だね。さーて、何が出てくるやら」


 マトは歩き続け、入り口の反対側に到着する。


「台座っぽいの見つけたけど。どうする?」

「何か文字が彫られているか?」

「えっと……。なんて読むんだっけなこれ」


 マトは懐をゴソゴソと漁り、目当てのモノを取り出す。行商人からアトリが買い与えてくれた『日記帳』だ。ここには日記に加え雑多な知識が書き加えられている。


「んと、これは妖精文字じゃなくて、アドミニアの文字っぽい」

「言ってみろ」

「ええと『敵。奪う。神託。守護。魔。祓う』」


 アドミニア滞在歴半年と少しのマトがたどたどしく文字を読む。


「まったく言語魔法頼りだからこうなる。読み書きも覚えろと言っているじゃないか」

「こう見えて日本語少々と英語少々に妖精文字でトリリンガルなんだからな」

「分かった分かった、続けろ」

「『望む、起動』あ、消えそう」


  光源の灯火の魔術が消えかかり――。


「魔法力を補充……」

「さっさと……、あ、マト、待てっ!」


 マトの手に集った青白い魔法力が見る見るうちに台座に吸い込まれると。

 青白い光が台座から壁に伸び、その光は妖精文字を浮かび上がらせながら輪を描くように壁沿いに広がっていき――。

 二人が立つ『部屋』が照らされる。


「起動してしまったじゃないか。これは。円環と魔法鉱石を用いた移動魔法か? ただの遺跡でこの労力……。魔法力も大きく必要なはずだが、この数の魔法鉱石であれば可能なのか?」


 ガラララッ、ドスン。


 思考するアトリの後ろ、入り口が上から落ちて来た鉄の扉で塞がれる。


「おや。なんだかマズそうだ」

「アトリっ! 『我が、兵。現れる。敵、滅ぼす』だって!」

「ばかものっ早く言わないかっ、うわっ」


 壁に浮かんでいた魔法文字が一際大きく輝くと、部屋の中央、空間が歪んだ。


「これは、転移魔法陣か。なんたってこんな僻地に大魔法があるんだ。どこと繋がってる」


 アトリの驚きと焦燥の直後。

 ――ズンと、何かが召喚された。


『り、り、の因。ほ、び――。人の敵。ま、ま、ま、招かれざる翅。――お前が記録に触れる事は許されぬ。召喚者よ、座して待て』


 巨大な鎧。巨大な剣と盾。

 魔法鉱石仕掛けの巨兵が現れた。

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