柴犬無双!? テイマー志望な私はダンジョンで柴犬を拾いましたが、全然言うことを聞いてくれません
加藤伊織
ダンジョン配信は柴犬と共に
世界中に突如「ダンジョン」が現れてから15年。今まで神話や伝説、もしくは小説や漫画、そしてゲームの中にしかなかった「魔物が現れるダンジョン」がいつの間にか身近な物になってしまった。
ダンジョンの魔物は一般人では太刀打ち出来ないが、ダンジョンの外に出てくることはないし、魔物を倒して得られるドロップ品は世界のエネルギー情勢を一変させた。
……なんてことは、親世代から聞いた話。私は物心ついたときからダンジョンが既にあって、ドロップ品が身の回りに溢れていたのがもうデフォルトだったから、その前どうだったかは記録映像とかでしか知らない。私はダンジョンアタック配信を見て育った、いわゆるダンジョンチルドレン第一世代ってやつだ。
私――
どっちかというと、冒険者になりたいと言うよりそっちが目当てかな。私の夢は動物園の飼育員だ。
そして今、友達とやってきたダンジョンの第2階層で、飼い主とはぐれたっぽい柴犬と何故か向かい合っている。一緒にダンジョンに来た友人たちは入った早々に犬に惹かれて立ち止まった私を置いて先に進んでしまった。
「えーと、突然だけど『ゆ~かのダンジョン配信』はっじまっるよー。見て、柴犬! 首輪を付けて無くて迷子っぽいから、保護して飼い主のところへ届けたいと思います」
自動追尾撮影付きスマホのカメラに向かって手を振ってから、柴犬を映す。タグに#柴犬 と付けたせいで、普通の動画を見に来た人がダンジョン配信とは気づかずに見て驚いたりしてる。なお、#JKも忘れずに付けているので、視聴者はすぐ二桁になった。
「柴犬は子犬じゃないですねー。でも成犬までは育ってないから、私の中ではこの状態を
色は良く見る赤柴で、お腹が白くて背中がキツネ色。犬なのにキツネ色とはこれいかに。口の周りは白くて、お口の周りが黒い柴犬も可愛いんだけど、目の前のこの子ももちろん可愛い。そして耳! 小さい三角の耳がふわふわだあ! あー、あの耳をもふもふしたい!」
『配信者の欲望がここまで如実に出た配信があっただろうか。いや、ない』
『ダンジョンになんで犬!?』
『仕込みやろ』
『まさか遺棄された犬じゃなかろうな』
『動物を不幸にする奴は私がコロコロしてやる』
スマホの画面の横の部分をコメントがざーっと流れていく。うわあ、いつもはこんなにコメントないのに。やっぱり動物ネタはどこでも鉄板なんだなあ。
そして、私の犬好きオーラがダダ漏れになっているのか、首輪を付けていない柴犬はとてとてと歩き、私の1メートルくらい先で立ち止まった。うかつに捕まえようとして逃げられてはいけないと思って、私はぐっと様子見。
「おいで」
しゃがんで、首を傾げている柴犬に向かって呼びかけてみる。柴犬は黒くてつぶらな目で私をじっと見ている。私は敵意を示さないようにしながらその視線を受け止めて微笑む。あー、可愛い。
「前足の先が白くて、靴下を履いてるみたいで可愛いなあ……。お父さんかお母さんとはぐれちゃったんだね。ほら、おいで。怖くないよ」
一歩一歩にじり寄り、下から手を出して怖くないよという事を示す。柴犬はペロリと私の手を舐め、口を開いてニコッと笑ったように見えた。
くぅ~! 柴犬の笑顔! 愛くるしさプライスレス!! 今すぐ抱きつきたい! モフってお腹に顔を埋めて犬吸いをしたい! ほら、まるで運命の出会いみたいにビリビリと全身に衝撃が――。
『個体αが柳川柚香をマスターと認定。柳川柚香にジョブ【テイマー】を付与します』
ビリビリと電撃が体を走り抜け、無機質な女性の声が頭の中に響き渡った。
「はえっ!?」
驚いているところで柴犬にどーんと体当たりされて、それを受け止めると顔中をべろんべろんとなめ回される。犬好きの至福タイム! じゃなくて、私は今頭の中で聞こえたアナウンスに困惑していた。
「おすわり。うん、いい子ね。ちょっと待ってて」
勢いで落ちてしまったスマホを拾って、慌ててダンジョンアプリを立ち上げる。このアプリはダンジョンが世界中に出来た後、アメリカの有名IT企業に送られてきたらしい。内容はダンジョンアタックする人間には必須の項目ばかりで何故かダンジョン内情報とも紐付けられていたので、「ダンジョンを作り出した何者かが作った」と言われてる。――まあ、誰が作ったかは私には関係ない。これがないと困ると言うことだけはわかる。
ゆ~か LV2
HP 35/35
MP 5/5
STR 8
VIT 10
MAG 3
RST 2
DEX 6
AGI 10
ジョブ【テイマー】
装備 【初心者の服】【初心者の盾】【初心者の剣】
従魔【個体α】
「えっ!」
アナウンスの通りに、私のジョブがテイマーになっていた。自分の名前の所は変更出来るので、配信用の名前。そして、従魔の欄が新しくできていて、そこにさっき言われた【個体α】が表示されている。慌ててスクショを取って、それを配信ソフトの方に流す。
「見て! これ見て! なんか私テイマーになっちゃった! てことは、この子はモンスターなの? どう見ても柴犬なんですけどー!」
『うP主GJ! とりあえず名前変えてやれ』
『もしかして柴犬じゃないのかも……』
『仕込みやろ。元々テイマーだったんちゃうか』
『いいや、ゆ~かたんは昨日まで正真正銘の無職だった!』
コメントがざーっと流れていく。あ、常連さんがいるんだ……なんか女子高生としては嬉しい反面複雑な気分になるね。とりあえず、画面に向かって笑顔で手を振っておく。
「こんな何も出来ない配信者なのにいつも見てくれてありがとー!」
『ゆ~かたんはドジっ子だから目が離せない。見てないとどこかで落とし穴に嵌まったまま誰にも気づいてもらえなさそうで』
「ぐぬうっ!」
コメントが痛い。そして、待ちくたびれたのか足下で柴犬がキューキュー言い始めた。
「そうだ、君にも名前を付けようね。はい、ちょっと立って。オスかな、メスかな? うん、オスだから名前はヤマトで決まり」
『なんで速攻名前が決まるん』
『ゆ~かたんが昔やってた牧場ゲーム実況のシリーズの定番だな、柴犬は雄がヤマトでメスがさくら。オスで2匹目がいるときはタケル』
「なんでそこまで知ってるの!? 常連さん逆に怖いよー」
『怖くないよ~^_^』
チャリーンと言う効果音と共にスパチャが入る。いや、このタイミングで入るのが怖いんだってば!
ゆ~か LV2
HP 34/35
MP 5/5
STR 8
VIT 10
MAG 3
RST 2
DEX 6
AGI 10
ジョブ【テイマー】
装備 【初心者の服】【初心者の盾】【初心者の剣】
従魔【ヤマト】
「うん、ちゃんと名前の所も変わりました! ヤマトはうちに連れて帰るけど、ダンジョンに連れてくるのは無理だよねえ……って言った側から!!」
「ガウッ!」
「ステイ! ヤマト、ステイ! うわー、そもそも躾が出来ていないから言うこと聞いてくれなーい!」
このダンジョンの最弱モンスター、スライムを見つけてヤマトが突撃していく。確かにスライム弱いし、私でも倒せるくらいだけど酸を吐き出したりするし……。
「ヤマトー! 止まってー!」
『テイマーの定義が俺の中で変わった瞬間』
『やばい、このテイマー全然言うこと聞いてもらえてない』
『柴犬可愛いよ柴犬。もし火傷したらこれでポーション買ってあげな』
チャリーンとスパチャのSE。スパチャありがとー! とおざなりに叫んで私はなんとかスライムの直前でヤマトに抱きつき、左腕に装備した盾でスライムを自分の下敷きにして倒した。腰に下げてる剣を取り出す余裕なんて無かった。
「はーはー……今、盾を使ってスライムを倒しました。魔石だけ残ってます。ヤマトを捕まえたまま剣とか出せなかった。ヤマトは無事です……って、ステイ! ちょっとこの柴犬力強いー!」
私が抱え込んでいるにも関わらず、私をずるずると引きずってヤマトが潰れたスライムの残骸に向かう。そして、そこに落ちている黒くてギザギザしている魔石を――食べた!
「ぎゃー! 魔石食べちゃった! 吐いて!」
私はヤマトの口に手を突っ込んで魔石を出させようとする。ヤマトはいやーんって顔をして私の手を前脚で邪魔しようとする。くっ! 犬の口に付いてるゴムパッキンが邪魔をする!
『おちつけ!』
『あれって人体に有害とは言われてないから犬も平気かもしれないけど、ギザギザしてるから腹痛起こしそうだな』
『がんばれ、ゆ~かたん!』
『ダンジョン配信を見ていたはずなのに、何故かJKと犬の取っ組み合いを見ている件』
『それな。世界は平和だな』
私はとうとうヤマトに魔石を吐き出させることを諦めた。ヤマトは私の前でピンク色の舌を出し、首を傾げて「なにがいけなかったの?」という顔をしている。
『我テイマーですけど、従魔のステがあるから確認してみるべし』
そんなコメントを見て、アプリをチェック。私のステータスからヤマトの名前の所を押すと、
ヤマト LV2 従魔
HP 100/100
MP 60/60
STR 120
VIT 130
MAG 80
RST 80
DEX 120
AGI 160
種族【柴犬?】
マスター 【ゆ~か】
はい??
とりあえずスクショして配信で流してみる。真顔で。
『うは、これはこれは』
『従魔LV2でこれは規格外』
『これ絶対柴犬じゃないよ!』
『ゆ~かちゃんが引きずられるわけだ』
『もしかして、レアモンスター?』
『何故アプリの種族にクエスチョンマークが……』
『ゆ~かたん、同接見て!』
気がつくと、同時接続が500を越えていた。これは私にとっては新記録なんだけど、完全にヤマトのおかげだよね……。
「みなさん、楽しそうですね……」
言うことを聞かない柴犬を抱えて死んだ目でスマホに向かって疲れ切った声で呟くと、スパチャが凄い勢いで入ってきた。
「んもー! スパチャありがとう! でも完全に楽しんでるでしょ! 他人事だと思ってー!」
『他人事最高ww』
『他人事最高ww』
『他人事最高ww』
『他人事最高ww』
ぐぬう……。とりあえず貰ったスパチャで頑丈な首輪とリードを買おう。……ヤマトに引きちぎられないものがあるかは謎だけど。
「あっ、ヤマト!」
私が気を抜いた一瞬を突いて、ヤマトが私を振り切って駆け出す。向かった先には雑魚の定番ゴブリン。この第2層は弱いモンスターがソロでいるだけだからほとんど危険は無いんだけど。
「ヤマト、待ってー!」
ヤマトを追って私が走る。間に合わずにゴブリンがワンパンでヤマトにやられている。その後はヤマトが満足するまで彼の狩りに付き合わされた。
『テイマーがレベル上がりやすいってそういう事だったのか』
私は走り回っていただけなのに、ヤマトがモンスターを倒しまくったせいでLVが上がっていた。
そして、言うことを聞かない柴犬を追って走り回る私の動画は、みたことないくらいバズったのだった。
柴犬無双!? テイマー志望な私はダンジョンで柴犬を拾いましたが、全然言うことを聞いてくれません 加藤伊織 @rokushou
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