はじめてのエデンズ
初めてエデンズ・コンフリクトに触れたのは中学二年生の夏の終わり。
手痛い失敗からアトラスバトルを辞めてフラフラしていた時に、偶然出会った可愛らしいプラモデル。周りの同級生は美少女プラモとかやらねーよ、なんて言うのも居たけど、俺は可愛いしカッコいいその姿に目を奪われた。
値段が高くてフルセットは買えなかったものの、当時店を開いたばかりのユリズガレージはサマーセールを行っており、安く売られていたヴィクトリアを手に取った。直線や緩やかな曲線の造形が多いアトラスと比べてエデンズの造形は複雑で製作は少し手こずったけれど、完成したら思った以上に良かった。
そこからはあっという間にハマって、変な人が多いヒバリ屋も不思議と居心地が良かった。
何もかも不平等な世の中でも、この瞬間は、自由だ。
なんて格好つけた事を言っていたニートのエデンズホルダーも居た。顔はよく覚えていないけど、不思議とその言葉は頭に残っている。他にも記憶に残る言葉はチラホラあって、歴史の年表なんて一向に覚えられないのになんで知らないオッサンの言葉が残るのか不思議だ。
「準備は、出来たわ」
放課後。
制服から着替えたカリンがタワーマンションのエントランスから出てくる。赤いセーターに黒いロングスカート、真っ白なダウンジャケット。黒いヒールブーツ。エデンズ一体しか入らなそうなポシェット。
「センスいいなぁ」
エデンズではこういう衣装を反映させるのは難しそうだけれど、こういう格好にデカい武器とか持たせたら恰好良さそうだ。四季であれば写真を撮らせてくるだろうけど、カリンはそんな事してこないか。
「マネキン買いしただけなのだけど。褒めてもらえると着替えたかいがあったわ」
褒められ慣れている。俺もこんな風にサラッとした対応をしてみたい。
「エデンズは持った?」
「持った、けど。ふう」
どうやら緊張している様子。ちょっと脅かしてみたい気もするものの、せっかくのエデンズデビューだ、丁重に送り届けるとしよう。
「どうしたの?」
「いや、行こうか。今日は誰と戦えるかな」
ロードバイクを手で押しながらヒバリ屋へ向かう。
「クレハは初めての時、緊張、したのかしら」
カリンがモジモジしている。緊張しているのかもしれない。
「んー。俺の初めてのゲーセンはエデンズじゃなくてアトラスだったんだけど」
「そうなの?」
「小学生はアトラス一択だよ。それに、緊張とかよりもワクワクだったなぁ。俺、転校生だったんだけどさ」
「あたしと一緒ね」
「小学二年生の時だけど。で、北村、ほらアトラス部のメガネ。アイツともう一人が誘ってくれてさ。ほんとにアトラス動かせるんだって楽しみで緊張とかそういうのはなかったな」
「うらやましい。あたしは、すぐ緊張して。昔から人が沢山いる所って苦手なの」
「そんなカリンに朗報だ」
「なにかしら」
「エデンズは一対一だから目立てるぞ」
「なっ」
ガーンという擬音がつきそうな顔つきを浮かべカリンがトボトボ歩く。
緊張する気持ちは何となくわかる。流石に何年も通っているヒバリ屋では緊張もしないけど、3rdシーズンファイナルラウンド決勝戦の時なんか心臓が飛び出そうなほど緊張したもんな。このままカリンをヒバリ屋に連れて行ってもあんまり楽しめないかもしれない。
それはよろしくない。他にどこかいいところあったかな……。
「あ。ユリズガレージ行こうか」
・・・
ユリズガレージ一階。
普段はシャッターが閉まっているものの、店舗大会の際は店長特製のフィールドが解放されて意外と人気だったりする。特に人気なフィールドは演習場A、飛翔禁止ルールでサバゲ―みたいな雰囲気で遊べて楽しい。
「寒いな」
コンクリート打ちっぱなしだからか凄く冷える。残念ながらガレージに暖房は無いし我慢するしかないのだが、グローブでも持ってくれば良かった。
「それじゃ、お若い二人でごゆっくりー」
「ありがとうございます」
店長に頭を下げ、障害物が何も入っていない二メートル四方の小型リムバスの電源を入れる。
すると、アニマの粒子がリムバス内に満ちはじめ、青白い光が広がる。
エデンズの試合はリムバス内の障害物を利用する事も戦術の一つ、こうして何も設置されていない更地の状態というのも新鮮だ。
「綺麗ね。これがアニマの光なの?」
「励起状態は珍しいんだ。ちょっと見てて」
意識を集中させてリムバスの強化ガラスケースに触れる。イメージするのは球体。
「丸いのが、出たっ」
カリンは驚いた様子でアニマの光を見つめている。存在自体は誰もが知っていても、その詳細は知らない人も多い。テレビの映像が電波に乗って届く原理と似たようなものかもしれない。何となくは知っていても良く分からない、みたいな。
「ゲーセンとか、公共施設のアニマ発生器って色んな人の精神が干渉して、リンクスを通さないと自分のイメージが伝わらないんだけど。こうして二人だけだと、けっこう面白いだろ」
無垢なアニマに触れる機会というのは貴重だ。俺もアルバイトを始めてリムバスの掃除をして初めてエデンズを通さずアニマに触れたし、こんな風に自分一人で干渉出来るなんて知りもしなかった。
「うん。不思議」
人型をイメージ。すると青白い光が人型に集まっていく。意外とこういう形にするのは難しかったりする。エデンズ以外に得意な事と言うと中々思い浮かばない俺ではあるがアニマ遊びは得意と言っても。
「崩れちゃった」
「雑念が入った」
調子に乗るとこれだ。ま、それだけアニマ遊びは難しいという事でもあるし、リンクス様々だ。コレが無いとエデンズで遊べなかったのだから、開発者の天道博士には感謝しかない。
「リンクスは持ってきた?」
「もちろん」
カリンが首元のチョーカーを見せる。
「どうかしら、新調したのだけど」
「いいんじゃない?」
リンクスは色んなメーカー、それこそ有名ファッションブランドからも出ていたりするけれど。カリンがつけているリンクスは随分高そうだ。ワンポイントで光っているのはガラス玉じゃなくて本物の宝石だろうか。
「……補助機は、まだ必要無いか」
カバンから補助機を取り出す。後頭部からこめかみを挟むように取り付けるタイプ。エデンズの操作にあると便利な道具。
「補助機?」
「サテライトって言う方が普通なのかな。俺も人に説明した事無いんだけど。エデンズの周辺機器だからそう呼ばれはじめたんだ、これ使うと動きが少し良くなる」
エデンズホルダーのオジサンが補助機って言っていたからつい補助機と言ってしまうけれど、サテライトの方がカッコいいかな。カッコいい気がする。
「サテライト。聞いたことない」
一般的にはあまり知名度のある道具ではないかもしれない。
「エデンズ以外だとゲームとかで使うヘッドマウントディスプレイに内蔵されてるけど、こういうヘッドセットみたいな形であるのは珍しいかもね」
アニマへの干渉力を上げると言われているものの、サテライトを使ってまでアニマをコントロールをしたい遊びはエデンズくらいなものだ。あとこれが何より大事なのだが、こめかみの辺りにヘッドセットのような道具を取り付けるとカッコいいので付けたくなる。
「リンクスが精神情報を増幅させるのだとしたら、サテライトは脳波を増幅させる。こめかみを挟むように装着して、リンクスと同期。この2つまとめてリンクスともいうけど、厳密に言えば――」
実際に自分に取り付けてみせる。
もちろんサテライトが無くてもエデンズは動かせるものの、あった方がより繊細な動きを表現出来る。もっとも、自分が慌てると挙動に反映されて視点がブレたりもするから一長一短ではあるけれど。
「なんだか難しいのね」
「理屈はもっと複雑らしいけど」
トントンと首元を叩くジェスチャーをして腰に取り付けたハードケースからヴィクトリアを取り出すと、カリンが頷き自分のリンクスを起動させる。
「エデンズは頭とハートで動かすってこと」
カリンがポシェットを下ろし、その中からハードケースに入ったガブリエルを取り出す。
「これなの。だけども……どう?」
両手で持たれたガブリエルは初心者が作ったと思えないほど綺麗に出来ており、リムバスから僅かに漏れたアニマが付着した。アニマが付くという事は、それだけ丁寧に作られたという事だ。
「バッチリじゃん」
「色を塗ったりした方が、よいのかしら」
「自分が満足してるならそれで充分。ほら、やろっ」
後でアニマの定着を促すコーティングスプレーを吹いた方が良いかもしれないけど、まずは動かして楽しく遊んでもらおう。リムバスの前までカリンの背中を押す。
「操縦桿みたいなヤツの間にエントリーゲージがあって。その穴の中にエデンズをセット」
「こうね」
「リンクスと、自分と同調したエデンズの情報をリムバスが読みこむ。面倒な設定は後でやるとして。目を閉じて、集中。補助デバイスの、その親指が当たるボタンを押しつつトリガーを二つ同時に引く」
〈疑似視覚情報、取得〉
〈疑似身体情報、取得〉
〈アニマ情報構築。詳細設定、導入〉
〈システムスタンバイモードへ移行〉
機械音声がリムバスから響く。この音声、設定でオフに出来るもののソレっぽい演出なのでオフにしないまま使うエデンズホルダーも多い。
「あにまるワールドよりクラクラするのだわ」
前に店長が言っていたけど、あにまるワールドの精神接続の負荷はアルコールで例えると0.1%でエデンズは8%のストロングだとか。未成年にはよく分からないものの、あにまるワールドがほぼ無害だという事は理解出来る。もしくはエデンズが有害なのか。
「疑似的に取得した情報が多いからかな。ちょっと貸して」
「わっ、見えない所から急に触られるとビックリするのだわ」
「ああ、ごめんごめん」
カリンの手の上から補助デバイスを操作し、表示する情報量を減らす。
これである程度は頭がすっきりするはずだ。逆にレーダー類などを装備すると更に位置情報や熱源情報などを正確に認識できるようになるものの、その感覚が苦手で一切レーダー類を装備しないエデンズホルダーも多い。
「あ、なんだか慣れてきたような。自分の身体が二つあるみたいな、不思議」
「足を開いて、補助デバイスに体重を少し預けて、頭の中で動くイメージをすれば」
「はわっ、動いているのだわっ」
そして盛大にコケるガブリエル。立ち上がろうとバタバタとしているので、カリンの背中に手を乗せる。ボスをあやす時のように丁重に扱おう。
「慌てず、深呼吸。アトラスバトルはこんな事無いんだけど、エデンズはかなりプレイヤーに操作が委ねられていて、精神同調深度も深いから慌てれば慌てるほどエデンズがバタつくから注意。わざと躓いて隙を演出するなんてテクニックもあるけど。とりあえず力抜いてみよう」
「すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。」
ガブリエルがピクピクと震え、ピタリと動きを止めて地面に伏した。
「いいね。んで、立ち上がる」
カリンから離れて、様子を伺う。
「なんだか膝が重いのだけど、立てそうだわ」
「後で関節に潤滑油でも入れるといいかもね」
関節が緩すぎると踏ん張りが効かなかったりするし、この辺りが製作時の腕の見せ所だ。
「立つだけで目が回るのだわ」
自分の視覚とエデンズの視覚。神経接続から着想を得た、より安全な精神接続が導入されているとはいえ、この感覚に慣れるまでは時間が必要かもしれない。
「立体ディスプレイにエデンズの視点を映す事も出来るし、コンタクトレンズにアニマを定着させて疑似視界を得る事もできるけど」
「慣れたら、どちらの方が良いの?」
「そりゃあ精神接続の方が意識だけで視点が変わるから。首と眼球を動かす手間は減るかな」
「なら、このまま頑張る」
「無理はしないように。のめり込んで精神同調深度マックスでやってると、鼻血だして病院送りにされる奴もいるらしいから」
「ええっ!? それは困るのだわ。……でも、なんとなく。分かって来たかも。あにまるワールドの経験が、活きるのだわ!」
そんなこんなで、あっという間に日が暮れた。
美少女プラモで戦う俺を人は楽園の守護者と呼ぶ 光川 @misogi-mitukawa
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