私が沈めた船の正体
アメリカ海軍の重巡洋艦インディアナポリスは、1945年7月16日、ある重要な荷物を載せてアメリカの西海岸、サンフランシスコから出港した。
極秘任務のため単独航海をしており、乗組員のほとんどが積荷の内容を知らなかった。
また、艦の位置もすべて秘密とされ、アメリカ海軍内でも巡洋艦インディアナポリスの位置を知るものはほとんどいなかった。
10日後の7月26日、インディアナポリスはテニアン島に到着し、その積荷を降ろした。
積荷の内容は、世界中のほとんどの人がその存在すら知らないものであった。
巡洋艦インディアナポリスがテニアン島に運んだもの、それは2発の「原子爆弾」であった。
原爆はB-29に搭載され、8月6日に広島へ、8月9日に長崎へと投下された。
巡洋艦インディアナポリスは輸送任務を終え、他のアメリカ艦艇と合流するために単独航海でフィリピンに向けて移動していた。
そして、パラオ島付近で日本軍潜水艦からの魚雷攻撃を受けた。
魚雷3発が命中。
魚雷は主砲の弾薬庫に命中し、大爆発を起こした。
乗組員1199名を乗せた重巡洋艦インディアナポリスは、魚雷命中からわずか12分で海中に没した。
アメリカ海軍にとって、インディアナポリスは太平洋戦争で沈没した最後の軍艦となった。
位置が軍事機密とされていたのが仇となり、救出活動は遅れ、インディアナポリスの乗組員883名が死亡した。
私は、アメリカ海軍の軍法会議に証人として出廷することになり、私が沈めた船の正体をこの時初めて知ったのだった。
私は、自分が沈めた敵艦が原子爆弾を輸送していたとは全く知らずに攻撃をしていたのだった。
そして、私の攻撃は遅かったのだ。
原子爆弾はすでに、テニアン島に降ろされた後であった。
********************
「……宮司さんが沈めた船は、原爆を運んだ船だったんだ……」
「和幸くん、私があと数日早くインディアナポリスに遭遇していれば、君のご両親は亡くならなかったのかも知れない」
それきり、私も和幸くんも黙ってしまった。
境内に再び静寂が訪れた。
おもむろに、和幸くんが連れてきた女の子が口を開いた。
彼女は、自分の苗字を名乗った。
私は耳を疑った。
まさか……!!
私は言葉をなくした。
「私の父は、あの時、回天の搭乗員として宮司さんの潜水艦に乗っていました」
だから、回天の話を聞きたいと言ってきたのか……
私は回天搭乗員たちに死に場所を与えることができず、なぜ出撃させてくれなかったのかと、あの時、搭乗員たちにかなり抗議されたものだった。
彼らの思いに応えるために、やはり出撃させるべきだったのかと思うこともあった。
しかし、私が回天の出撃命令を出していたら、この子は生まれてこなかった。
彼らが生き残ったことで、こうして新しい命が生まれていた。
私の判断は、やはり間違ってはいなかった。
目の前の女の子を見て、私はしみじみとそう思った。
私は和幸くんに言った。
「いい子じゃないか。大事にしてあげなさい」
「なんだよ宮司さん。そんなんじゃないよ~」
そう言って和幸くんは、顔を真っ赤に染めた。
境内の静けさの中で、私達の声だけが響いていた。
< 了 >
海の中の特攻作戦 神楽堂 @haiho_
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