暑い夏こそ熱い食べ物
烏川 ハル
暑い夏こそ熱い食べ物
真夏の太陽がジリジリと照りつけていた。
じっと止まっているだけで、どっと汗が吹き出してくる。周りを見渡せば似たような民家が建ち並び、外を出歩く人の姿は見当たらなかった。
聞こえるのはセミの鳴き声のみという、文字通り閑静な住宅街。アスファルトは焼けるように熱く、その異常な温度が、靴底越しに足の裏まで伝わってくる。
既に嫌気が差していたが、歩き始めてまだ5分も
「そのまま真っ直ぐです」
「5メートル先を右折です」
「何か近づいてきます。準備をどうぞ」
などの音声ガイドに従って30分ほど進むうちに、いつのまにか周囲の景色は一変していた。
右を見ても左を見ても、一面の砂ばかり。地平線まで続く、広大な砂漠だった。
砂に足を取られて、
何年か前に温泉地で砂風呂に
もはや苦痛というレベルであり……。
「こんなもの、これ以上やってられるか!」
俺はゲーム『炎天下』からログアウト。専用デバイスから勢いよく飛び出すのだった。
――――――――――――
昔のVRデバイスは、視覚と聴覚しか体感できなかったという。
触覚、味覚、嗅覚も含めた五感全てを再現できるようになったのは、今から10年ほど前。大衆向けの安価なデバイスが開発されて「新世代のゲーム機」という謳い文句で売り出されたのは、ほんの2年前だった。
視覚と聴覚だけの頃はゴーグル型のデバイスだったが、五感全てのバージョンではベッド型。いや「ベッド」というより、蓋のない
そんなデバイスにいちいち入らないといけないのは、俺から見れば少々不便に思えるのだが……。それでも新しいVRデバイスは飛ぶように売れているという。
ただし、しょせんVRデバイスはハードに過ぎない。それに対応するソフトがなければ、宝の持ち腐れだ。
そこで各ゲームメーカーは、VRゲームのソフト開発に躍起になった。今のところ、古典的な3Dゲームの焼き直しみたいなRPGが主流のようだが「他社と同じものを作っていては勝てない」と考えて、我が社が鳴り物入りで発売したのが……。
先ほど俺自身が試して、第1ステージ『閑静な住宅街』と第2ステージ『熱砂の砂漠』だけで投げ出したゲーム。その名もズバリ『炎天下』だった。
「暑い夏こそ、鍋とかラーメンとか、熱いものが食べたくなるだろう?」
そんな意見が、開発コンセプトのスタート地点だったらしい。
ただし「暑い夏こそ熱い食べ物」といっても、実際に食べる時は外の炎天下ではなく、冷房の効いた室内のはず。真夏にVRゲームをプレイするのも同様に室内だから、ゲームの中では逆に夏の猛暑を体感したくなるのではないか。しかもゲームならば本物以上の暑さも体感可能であり、それは大きなアピールポイントになるだろう。
開発チームは、そんな考えでゲーム『炎天下』を作ったという。
基本プレイは無料だが、熱中症対策のアイテムは有料。冷却スプレーやハンディファンどころか、水筒や汗拭きタオルすら課金しないと手に入らない。
一応モンスターも出現するしドロップアイテムも存在するけれど、モンスターが落とすのは手袋やマフラー、使い捨てカイロなど、夏ではなく冬に必要なものばかり。「おちょくってるのか?」と言いたくなるシステムだった。
基本プレイが無料な以上、我が社としては課金アイテムで儲けるしかないのだが、課金してくれるユーザーがほとんどおらず、このままでは大赤字だという。
いくら上司に「宣伝の仕方が悪い!」と責められても、広報担当の俺に出来ることは限られている。俺に言わせれば『炎天下』は、ゲームそのものが大失敗なのだ。
ふと気になって調べてみると、そもそも「暑い夏こそ熱い食べ物」というのは、理屈に裏付けされた話らしい。高温の食物を摂取することにより発汗を促し、汗の蒸発で体表の温度を下げて、結果的に体の全体を冷やすのだそうだ。
しかし「熱い夏に実際以上の『炎天下』を体感」の方には、そんな理論的なメリットは存在しないだろう。ならば基本コンセプトから大間違いではないか。
いったい誰がこんな馬鹿げたゲームを作ろうなんて言い出したのか。いつか犯人を見つけたら、たとえそれが偉い人であっても、絶対とっちめてやる!
(「暑い夏こそ熱い食べ物」完)
暑い夏こそ熱い食べ物 烏川 ハル @haru_karasugawa
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