兄と英雄の話
『俺の兄さんは英雄なんだ』
そんな書き出しからレオンの話は始まった。私は何も書き込まず、ただ話に意識を向ける。
『五年前、俺が十一歳の頃だ。俺の住む世界には「魔王」と呼ばれる存在がいた。ヒトの心と闇の力を操る恐ろしい存在、正に魔の王。そんな存在に対抗する為、世界の中心地である王国にて勇者召喚の儀式が行われた』
レオンの字は、かっちりとしていて硬い印象を受ける。文面からも感じられるが、おそらく真面目な人なのだろう。五年前に十一歳ということは私と同い年なのだろうか。
『召喚された勇者は、世にも珍しい黒い髪に黒い目を持つ美しい男だった。しかし勇者がいたのは魔法が存在しない世界。「こんな奴が魔王を倒せるのか?」と、誰もがそう思った。しかし、男は聖剣を抜いた。誠実で英雄に相応しいと世界に認められた者しか抜けないとされる聖剣を』
レオンの住む世界では黒髪が珍しいのだろうか。私にとっては周りを見れば黒髪ばかりだし自分も黒髪なのでよく分からないが、日本人の中に1人だけ金髪の外国人がいるような感覚なのだろうか。
『しかし聖剣を抜いたといっても勇者は魔法が使えない。魔力が無い訳ではない、単純に才能がなかったのだ。そこで、勇者と共に魔王打倒の旅に出る人物を用意した。魔法が大の得意な騎士団の魔剣士だ。ただ実績だけが足りず一団員の地位に収まっている将来有望な男。その名をアデル・リッターと言う。そう、俺の兄だ』
そこまで書き込まれて、少し話が止まった。どのように書けばいいのか迷っているのか、それとも書きにくいのか。そんなことを考えながら、ただ話の続きを待つ。
『ここから先は、俺もよく知らない。だが、2人は数々の困難を乗り越え、遂に魔王を倒した。そしてその2人はこう呼ばれるようになった』
それまでの文字より少し大きく派手に書かれたそれは、魔王を倒すということがどれほどすごいことなのかを端的に読み取ることができた。
『【世界に選ばれし英雄】と。――という話だ』
なんだか御伽噺みたいだな、と思った。なんて浅い感想だろうか。その感想を書き込むのは流石に憚られたので、その他に思ったことを伝える。
『レオンのお兄さん、すごい人なんだね。この話の後に私の兄さんの話するのはちょっとアレだなぁ』
世界を救った英雄の後にうちの兄の話をしたら、いやうちの兄じゃなくてもしょぼく感じてしまう。
『私の兄さんはね、厨二病でナルシスト。私を呼ぶ時も寝惚けてる時以外は「我が妹よ!」とかだし、SNSのアカウント名も【漆黒の焔纏いし勇者】とかだし聖剣がなんやらうんたらかんたら言ってるし毎朝鏡の中の自分に見とれてる。顔が良いのは本当なんだけどね。あ、あと五年前くらいに一年間行方不明になってた』
そこまで書いて手を止める。そういえば兄さんが大学生になってから、めっきり顔を合わすことがなくなったように感じる。おそらく友人とかと遊び歩いているのだろう。
『天花と天花の兄さんは仲が良いの――』
だな、そう書き込まれたところで急に文が止まった。ペンか何かを文字の上から話していないのか、インクが滲んでくる。
『天花の兄さんが行方不明になったのは五年前、なのか?』
走り書きされたかのような文字が浮かび上がってくる。今までの丁寧な文字とは大違いで、急いでいるのかのようだ。
『そうだけど、何か』
あるの? そう聞こうとした瞬間、あることに気がついた。兄さんが行方不明になったのは五年前。五年前は、レオンの話によると――!
『勇者とレオンの兄さんが魔王を倒したのと同じ年!?』
『ああ、それに加えて勇者が召喚されてから帰るまではだいたい一年くらいだと聞く。天花の兄さんは黒髪と黒目か?』
『うん、レオンの言う勇者の外見と一致する。ひとつ懸念点があるとすれば、兄さんが誠実で英雄に相応しいかだけど、まあ普段はチャラいけど本当は誠実だし、英雄に相応しいかはちょっと分からないけどありえない話じゃない』
『そして魔王を倒す旅の中で、あるいはその後にこの二冊の日記帳を作った、と考えれば辻褄が合うな。勇者が元の世界に帰っても話せるように』
『でも、どうしてそれを私たちに渡したんだろう』
『それは分からないがまだ確定した訳ではないんだ。俺は兄の旅や勇者について周りから話を聞き、天花の兄さんと合致する情報がないか調べてみる。だから天花は部屋とかを探ったりしてこの世界にいた証拠となる物を探してくれないか?』
『了解。そっちの世界の物らしきものとかを探してみるね』
兄は部屋に鍵をかけない。それに漫画を借りるため何度も入っているが、普段使う場所以外はぐちゃぐちゃなのでついでに片付けてやろう。
『ではまた明日、八時頃に』
『うん、また明日』
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