はじめまして、初めての
洞窟の奥深くにて俺、レオン・リッターは身を潜めていた。何故こんなことをしているのかと言うと、ある物を探しに此処に来たのだがそこで凶暴な獣に襲われたからだ。身体中の鋭い爪で付けられた引っ掻き傷がじくじくと痛み、そこから赤い染みが服にじわじわと広がっている。
先日の夜から執拗に付き纏われているようで、そろそろ血が足りなくなってきた。大きな血管は無事なのがまだ体を動かせている理由だろう。
リュックの中に仕舞っている日記帳を取り出しページを捲る。ちょうどに捜索の報告を書き込もうとした時に襲われたため俺の血が飛び散っている。天花の捜索報告と心配の言葉がいつの間にか書き込まれていて、心配をかけてしまっていて申し訳ない。謝罪の言葉を綴ろうとペンを探しても見当たらない。もしかして無くしてしまったのだろうか? これでは何も書き込めない。
携帯電話はいつの間にか充電切れになっていて、助けを呼ぶことはできない。このままではジリ貧である。死ぬつもりなど微塵も無いが、天花に一度でいいから会いたかった、だとか兄さんのような立派な騎士になりたかったのに、といった考えが湧いてくる。
そんな事を考えていたら本当に死んでしまう。自分に喝を入れ、これからどうすべきかに思考を切り替える。
隙を見て脱出、それか討伐。討伐は俺一人では無理なのは明らかだ。ならやはり脱出しかないのだが、さてどうやって出るか。
作戦を考えるためにとりあえずこの場所の構造を把握しようと思い立ち、あの獣の気配が感じられないうちにさっさと済ましてしまおうと静かに立ち上がった瞬間、俺の周りが突然暗くなった。まるで、俺の頭上に大きな物があるかのような――そこまで考えて上を向くと、そこにはあの獣がいた。その鋭い爪で切り裂こうと大きな腕を振り上げている。
これはやばいと本能が警鐘を鳴らす。しかし、今からでは逃げても間に合わない。ならば受け止めて防ぐしかないと剣を構えた瞬間、獣の体が真っ二つに切断され業火に焼かれた。
今、何が起こった? 思わぬ事態にそう考えてしまう。混乱して固まっていると、両方向から声をかけられる。そしてその一方の声は、俺のよく知る兄の声であった。
「そこの奴、無事か!?」
「レオン、無事か!?」
兄の声に安心して思わずへたり込むと、先程の声の持ち主であろう二人が俺を覗き込んできた。
「うわっ酷い傷……って、お前……アデル? アデル・リッター?」
「レオン、大丈夫か? 大丈夫なわけないよな、すぐ治療するからな……って、剣、斗?」
もう一方の人物は黒い髪と黒い目をした美しい男。手には神聖な雰囲気を纏う荘厳な剣を持っている。どうやら彼は兄さんと知り合いのようだ。まさか、彼は……
「兄さーん!」
少し遠く、剣斗と呼ばれた男が来た方向から長い黒髪の人物が走ってきた。声からして女か? というか、もしこの黒髪の男が勇者なら、あの人物は、まさか。
「走るの早……って」
黒髪の彼女と目が合った。長い黒髪、切れ長の目。美しいその人は、俺を見て目を丸くした。
「貴方、もしかして」
「貴女は、まさか」
そして同時に、互いの名前を口にした。
「レオン!?」
「天花か!?」
ずっと会いたかった相手と初めて相見えて、思わず目の縁に涙が滲む。気づかれないように手で拭い、もう一度天花をじっと見つめる。
「はじめまして、天花」
「はじめまして、レオン。……最近ずっと話してたのに、はじめましてって何だか変な感じだね」
その言葉に納得してしまい、それならと代わりの言葉を口にする。
「……確かにそうだな。じゃあ、改めてこれからよろしく」
「うん、改めてこれからよろしくお願いします」
「……俺が一番足遅いとかマジかよ……。まあ、答え合わせを始めよう。俺の名前はフラッシュ、またの名を鋼条 閃也。この洞窟の番人だ。五年前に勇者の帰還に巻き込まれ別の世界に転移した哀れな被害者だ。さあ、ケント・ウスライにアデル・リッター。日記帳の件について説明してやれ」
唖然とした表情で走ってきたのは薄い茶髪にピアスを山盛りつけた男。その男の言葉を聞いて、天花の兄が口を開いた。
「この日記帳は俺とアデルで作った物だ。俺が帰っても話せるようにってな。でも帰る直前にしょうもない事で大喧嘩してさ」
「……謝りたくても気まずくて行動に移せずグダグダ五年が過ぎちまって、あまつにはその日記帳をタライ回しにしちゃったんだ。まさか全く同じことを相手がしてるとは思わなかったけどな」
「……ねえ、私達に『返事が帰ってくる』って言って渡したけど、相手がこの日記帳を捨てたりしてて返事が帰ってこなかったらって考えなかったの?」
天花が俺の疑問をそっくり其の儘口にしてくれた。その言葉を聞いて、二人は目を泳がせる。
「……そ、その時は俺がホラ吹きってことでおさまるじゃん?」
「そ、そうそう、決して考えてなかったとかじゃなくてだ、帰ってきたら驚くだろうなって思ったから一応言っておいただけ。うん」
考えてなかったのだろうか。何時ぞやに天花と考えた楽観的説が当たるとは。
「そういえばフラッシュ殿は、帰還に巻き込まれたと言っていたがどういうことだ?」
「文字通り、魔法の扉の近くにいたら巻き込まれただけ。俺はここの魔法の扉の守護を任されてるんだが、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった」
溜息をつきながら遠い目をするフラッシュ殿に思わず同情してしまう。
「鋼条、扉の捜索を手伝ってくれてありがとう」
「……別に、俺のためだし。お前のためじゃないし」
顔を赤くしてそっぽを向いたフラッシュ殿に思わず笑みが溢れ、俺からも礼を言う。
「俺からも礼を言わせてくれ。貴方がいなかったら俺は今こうして天花と会えていなかったかもしれない。ありがとう」
「あーもーうるさい! 感謝され慣れてないんだよこっちは! バカヤロー!」
そっぽを向いたまましゃがみこんで顔を手で隠す彼は何だか小さな子どもの様に見えて、また笑みが溢れてくる。
そういえば、天花に会ったら言いたいことがあったのだ。兄さん達やフラッシュ殿は少し離れた所でじゃれあっているし、今がチャンスだろうか。
「天花、俺が前に何か言おうとしたのを覚えてるか?」
「当たり前でしょ。……今なら、教えてくれる?」
「俺と、友達になってくれ」
友情や友達がどういうことなのか、正直友人の少ない俺には分からない。それでも、天花と一緒にいたい、と初めて思ったんだ。その感情が何なのかまだ分からないが、今はこの「友達」という言葉を使わせてくれ。
その言葉を耳にした天花は目を丸くして、小さい声でこう返してきた。
「勿論、だよ。……ありがとう、レオン」
その言葉の後の彼女の笑顔は、俺が今まで見た何よりも綺麗だった。
「これから、よろしく。私の初めての友達」
「此方こそ、よろしく。俺の友達」
日記帳が繋いだ世界 手毬 猫 @snowstar
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