ネコゲーム

姫路 りしゅう

ネコゲーム

「すずくん、何考えてるのー?」

 繋いだ左手が二回ぎゅっぎゅと握られた。

 ぼくも負けじとぎゅっと握って、指と指の間を擦る。さっちゃんはここが弱い。

「んぃ、やめてよぉ」

 顔を見合わせて笑う。コンビニからの帰り道だった。右手にレジ袋、左手にさっちゃんの右手を持ちながら、家に着くまでの道のりを一緒に歩く。

「で、どうしたの? なんか悩み事?」

 さっちゃんが少しだけ心配そうに覗き込んできたので、ぼくは「別に何も考えてないよ」と言ってもう一度手を強く握った。


 ――――嘘である。ぼくには、真剣な悩み事があった。


 今日もまた、さっちゃんにボードゲームでボコボコに負けた。これで購入してから一週間連続の敗北だ。毎日二ゲームずつやっているので、十三敗目である。

 多少は運の要素も絡んでくるゲームなのだけれど、彼女は天才的な読みで盤上を支配して、ぼくに勝利を許してくれなかった。

 彼女、大塚沙鳥おおつかさとりはゲームが強い。

 それはもう、とんでもなく強い。どのくらい強いのかについてこの場で言及することは避けるけれど、かつては命や大金を賭けたゲームの常連者だった(そして今も五体満足である)という事実が彼女の強さを証明してくれるだろう。

 ぼくとさっちゃんはお互いの次にゲームが大好きだった。最新グラフィックのテレビゲームから、古いボードゲーム、山手線ゲームまで、おおよそゲームと名の付くものすべてを愛している。そのお陰でぼくたちは出会い、今もまだラブラブな日常を過ごしている。

 過ごしているのだけれど。

 ――――勝ちたいなあ。

 切実に悩んでいた。

 でも、なかなか彼女の弱点が見つからない。思考の瞬発力と読みの精度が高すぎるのである。

 何かさっちゃんに弱点はないのだろうか。

 そう思いながら歩いていると、ふと、左手を強く握られた。それも瞬間的にではなく、継続的に。心なしか手汗をかいているような気がする。

「……どうしたの?」

 聞くと、彼女は「なんでもないよー」と引きつった声で言いながら、体ごとぼくに押し付けてきた。

「いや、なんでもないは通らないでしょ……」

 急に発情したのか? と一瞬思ったけれど、彼女の引きつった表情を見るにそういう感じではなさそうだ。

 ぼくは不思議に思いながら前を向く。


 するとそこに、猫がいた。


「猫じゃん。野良か?」

 ふらふらとその猫に近づこうとすると、さっちゃんの足が止まった。手を繋いでいるぼくの体も合わせてつんのめる。

「……さっちゃん?」

 さっちゃんは目を閉じて小さく首を横に振っている。

「……どうしたの?」

「なんにも、ないよー」

「そう?」

 再度猫の方に近寄ろうとすると、ものすごい力で引っ張られた。

 猫の方に近づけない!

「ねえ、さっちゃん」

「なんにもないよー」

「さっちゃんってさ」

「だからなんにもないってば」

「猫、苦手なの?」

「そ……んなわけないでしょ。だって猫だよ? SNSはとりあえず猫の画像を貼っておけばいいって言われるあの猫だよ?」

「意外だな、さっちゃんが猫苦手だなんて」

「……あーはいはい、そうです。猫苦手ですー。悪い?」

 その顔が余りにも可愛くて僕は噴き出した。

「悪くないよ、でも、天才ギャンブラーにも怖いものがあったんだっていう意外さ? にびっくりしてるだけ」

「そもそも動物が全般的に苦手なんだよね」

「どうして?」

「……言葉が通じないし、行動が読めないから」

 それを聞いてもの凄く納得した。動物は彼女の予想外の行動しかとらない。

 さっちゃんは猫よりも可愛いけれど、猫と一緒に丸まって寝ているさっちゃんはもっと可愛いと思うので、それを拝めなさそうなのは残念だった。

 そう言えば今まで一回も猫カフェに行こう、みたいな話はしたことなかったかもしれない。

 その瞬間、


 これならさっちゃんに勝てるかもしれない。

「…………」

 けれどもぼくは、それを実行するのに少しだけ躊躇をした。

 卑怯な手だからというわけではない。それをするには、プライドを捨てなければならなかったからだ。

 でも、プライドを捨てればさっちゃんに勝つことができる。

 夢だったろう、それは。

 いつか真剣勝負でさっちゃんに勝ってみたい。この天才ギャンブラーに、真っ向勝負で勝ってみたい。

 その夢が叶うのなら、プライドなんて邪魔なだけだ!


 ぼくはいてもたってもいられなくなって、「さっちゃん、家に帰ったらもう一戦ゲームをしよう」と言った。

「え? いいけど」

「真剣勝負でよろしく」

 ぼくがそう言うとさっちゃんの目の色が変わった。その目はよく知っている。彼女が真剣勝負をするときの勝負師の目だ。

「わかった。叩きのめしてあげる」


 家に帰ったぼくたちはこたつ机の上にボードゲームを広げた。

 さっちゃんがコーヒーの準備をしている間にぼくは押し入れからを出す。

 彼女に勝てる可能性のあるアイテム。

 いつか同期に貰ったパーティーグッズ。

 ――――猫耳だ。

 それをこたつの下に隠して、ぼくたちは向かい合った。

「じゃあ、お願いします」

「お願いします」


 今回選んだボードゲームは簡単に言うと陣取りゲームで、大きく二つのフェイズにわかれる。

 第一フェイズは、準備フェイズだ。お互いの選んだ陣営の特性を見てから、戦いに連れていくコマを選ぶ。

 そして第二フェイズでバトル。そのコマを使って陣地の取り合いをしていく。

 準備フェイズでの予想がカギになるが、盤面の動きもかなりゲームを左右する、とても戦略的なゲームだった。

 お互いに陣営を選んで、相手の戦略を予想し、自分のコマを選ぶ。

 ぼくが選んだのは速攻を得意とする陣営。

 対するさっちゃんは相手の動きを邪魔していく陣営。

 コマを選び終わり、いざ第二フェイズに突入するというタイミングで、ぼくは猫耳を付けた。

 さっちゃんは盤面に集中しているため、まだぼくの変化点に気が付かない。

 道端で立ちすくむくらいに猫が苦手なんだ。対戦相手が猫耳を付けていたら、平常心を保つことは難しいだろう。

 盤外戦術上等! ぼくはこれでさっちゃんに勝つんだ。

 彼女が顔をあげて――――――時間が止まった。

「っ……」

 心なしか緊張しているように見える。少しだけ呼吸が早くなっている。

 効果ありだ!

 その隙にぼくは、を打った。

 落ち着いていれば簡単に対応できる手。しかし、一瞬の判断を間違えると一気に盤面が動く一手。

 テンパった彼女はそれをうまく対処できず――気付けば盤面のほとんどを、ぼくが制圧していた。

「くぅ……」

「さっちゃんが苦手な猫に扮することで、君をテンパらせてその隙に速攻で攻める。作戦がハマったようで何よりだ。これで、ぼくの勝ちだね」

 そう言ったあと、言い直した。


「ぼくの勝ちだにゃあ」


**


 ちょっと待って待って待って無理無理無理無理なんなのすずくん、可愛すぎるでしょう!?


 大塚沙鳥は猫が苦手だった。


 しかし、猫耳を付けた彼氏を見て一番に思ったのは、可愛すぎる! だった。


 彼女が思うような動きができなかったのは猫が苦手だからではなく、彼氏が可愛すぎるからであった。


「すずくん、勝利宣言、もう一回だけお願いしていい?」

「……ぼくの勝ちだにゃあ?」

 ちょっと待って待って待って無理無理無理無理なんなのすずくん、可愛すぎるでしょう!?


 その事実が鈴也に伝わるのは、もう少し後の話だ。

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