みにぱぷる

 私は長らく独身の孤独な作家として創作を続けていたのだが、遂に結婚することになった。もう三十六歳にもなる私がここで結婚を決めたのには、幾つか理由がある。とりあえず、そのことは置いておいて。

 兎に角私は結婚をしたので、元々住んでいた小さなアパートに暮らしているわけにはいかなくなった。そこで、新しく家を探し、私の貯金の多くを使って一軒家を購入したのだ。

 新居はとても暮らしやすいものだった。

「もう少し酒は控えてよ」

 短編の連作の締切が迫りいつもの二、三倍は酒を飲み干す私に妻が言った。私は酒の勢いもあって

「うるさいなぁ」

 と強く言ってしまう。

「ちょっと」

「うるさい。もう寝る」

 私は乱暴にそう吐いて自分の部屋に篭った。こっちは締切が近くて大変なんだよ。そう叫びたくなるのをグッと堪えて、ベッドの上に寝転がる。風呂も入ってないし、歯も磨いてないがもういいだろう。こう言う時は早く寝るに限る。


 それからどれぐらい経ったのか、何か音が聞こえてきて私は目を覚ました。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 聞き覚えのある歌が。何処からか、聞こえてくる。多分この大きさから推測するに外だろう。子供の声だ。数人の子供が歌っている。妙に意気消沈した声で。

 私はぼんやりとした意識のまま枕元にあるスマートフォンを開き時間を確認する。夜中の二時。

 ああ、真夜中なのにうるさいなぁ。そう思っているとどんどんその声が大きくなってくる。まるでどんどん近づいてくるように。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 そこで私はようやく気付く。なぜこんな時間に子供が起きているのだろう。しかも集団で。なんとなく私はそれが不気味に思えてきて、ベッドに潜り込み...。


 という話を私は友人にした。村上という古い親友で、医者をやっている。彼が何医なのかは知らないが何か有効的なアドバイスをくれる気がしたのだ。

「何言ってるんだ、作家先生」

「その言い方はやめてくれ」

 と私が笑って嗜めると彼は突然真剣な表情に変わって

「酒を飲んでいたことによる、幻覚とかの類かもな。あるいは、何かの精神病...」

 と言うものだから、私もつい背筋を伸ばしてしまう。

「そんなわけ。夢遊病もないし、熱中症もない。もう秋だろう」

「しかし、まあ多少心配でもあるし。どうだ、今晩、もしその声が聞こえたら録音してくれないか? そして、それを後で、こっちに持ってきてくれ。そこで俺が確認する。そしたらその音の正体もわかるだろう?」

 と言われ、私は神妙に頷き、酒を飲まずに次の夜を迎える。


  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 聞こえた! うとうとしていた時にその歌がまた耳に飛び込んできた。昨日と同じ、意気消沈した声が、窓の外から。

 私はスマートフォンを開いた。時刻は昨日と同じ二時ちょうど。私は指紋認証をクリアして、カメラを開き、ビデオに設定して、録画を始める。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 慎重に、スマートフォンを持って、窓際に持っていく。そして、窓枠に置き、逃げるようにベッドに戻る。

 

「じゃあ聞かせてくれ」

 翌朝、私は村上の元へ行った。村上はそう言って手を差し出す。私はスマートフォンで、昨晩録画したものをその上に置く。

「お前はもう聞いたの?」

「怖くて...まだ」

 あの少年少女の歌声は思い出すだけで鳥肌が立つ。

「なら一緒に聞こう」

 彼はそう言って再生ボタンを押したのだが。

 無音。

 無音。

 無音。

 ほんのり秋の虫の声が聞こえるのみ。

「おかしいなぁ」

 私は首元に手を置き、首を傾ける。

「やはり、君の聞き間違いだろう」

「待て、最後まで聞いてくれ」

 私がそう頼み、早送りでその五時間にもわたる動画を聞いたのだが。

 結局、問題の声は聞こえなかった。彼は私に睡眠薬を処方してくれた。作家の仕事でなかなか眠れていないことを心配してくれているようだった。

 そんな彼の優しさがなお私をムキにさせる。


 そして、三晩目。

 私は決心して、眠らずにその声を最後まで聴くことにした。

 今日も2時になると聞こえてくる。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 あの不気味で、陰鬱とした少年少女の歌声が、また何処か遠くから聞こえてくる。

 私はすぐにベッドの中に篭りたくなるのを我慢する。寝落ちしてしまうことは多分ない、レッドブルなどのありとあらゆるものを飲み干したのだ。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 少しずつ声が大きくなってくる。近づいてきているのだろうか。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 そういえば、この歌には続きがあったはず...。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 どんどん声が大きくなってきて...。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 私は怖くなって目を閉じる。

  —————————どちらにしようかな

   —————————てんのかみさまの

    —————————いうとおり

 私の間近で歌が聞こえる。周囲に複数人の気配も感じられる。

 そして、私のこめかみに冷たいものが突き付けられ、子供たちは続きを歌う。

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みにぱぷる @mistery-ramune

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