第2話 クレーンゲーム

 時は満ちた。

 学校終了の合図とともに皆が席を立つ。俺は教室を飛び出すと一目散に正門前へと爆走していった。


 小鳥のさえずりが耳を癒してくれている中荒ぶる呼吸を整えていると、向こうから穂鈴が風で髪をなびかせながら近寄ってきた。


「たっくん早いね~待たせちゃった?」


「いやいや全然。というかその呼び方止めてくれない? 恥ずいんだけども」


「いいじゃない。私達恋人なんだから」


「ッ……」


 彼女は上目遣いをしながらいたずらに微笑んできた。その様はまるで妖精のようであり、危うく俺は地面に倒れ込みそうになった。

 穂鈴は俺の左腕を掴むと、体を前へと引っ張ってくる。香水のいい匂いが鼻腔を刺激し、彼女の優しさが肌を伝って直に響いてくる。

 この時の俺は、幸福以外の言葉を何一つとして思い浮かべることはできなかった。


「どうしたの? そんなに目を泳がせて。早く行きましょうよ」


「え、あ、あぁそうだな。行こう」


 俺は暴発しそうな理性を抑えつけながら、2人で道のりを歩き始めた。



 目的地である百貨店は、駅からすぐのところにあるため着くのに時間はそんなにかからなかった。

 ここは地元では有名な場所で、遊ぶところといったらここ! と言われるほどの定番スポットとして人々に親しまれている。

 個人的には来年完成予定の新しい施設が楽しみで、屋内に入るまでの間、工事現場を期待の目で見つめていた。


 百貨店の中は服や食べ物などが売られており、隣にいる彼女は目を輝かせていた。


「久々のおっかいっもの~楽しみ~」


 彼女は子供のようにはしゃいでいる。その姿がまた何とも可愛らしい。


「それじゃぁ行こうか」


「うん!!」


 すると彼女は駆け足で建物内を巡り始めた。ときどきこけそうになりつつも俺は何とか立て直しながら彼女の歩幅についていく。


 洋服に化粧用品、文房具と、時間の許す限りとにかく店を渡りまくった。途中、穂鈴の笑顔が弾ける瞬間が何度もあった。俺はそのたびに幸せを噛みしめた。


 一通り見て回った後、俺達はクレーンゲームで遊ぶことになった。百円玉を入れ、2つのボタンに精神を注ぎこむ。隣では穂鈴がこちらを見つめてきていた。


「頑張ってたっくん! 私、あれ欲しい!」


「おう、任せとけ!」


 彼女はケースの奥にあるお菓子を指差すと天使のような声で応援してきた。俺はこの時、全財産をはたいてでも取る覚悟を決めた。


「……よし、行くぞ!!」


 神経を尖らせ状態で俺は一つ目のボタンを押す。クレーンが横に動いていき、目当てのものと重なったと思った瞬間に手を放す。

 次に二つ目のボタンを押す。今度は縦に動き、側面から標的を視ながらうまいこと位置を定める。


 そして投下! クレーンがお菓子めがけて突き進む。


 しかし、現実はあまりに無常で、クレーンはそれを掴みもせずそのまま元の場所まで戻っていった。


「まじかよぉぉ……」


 俺は途端に膝から崩れ落ちた。彼女は少し落ち込んだ眼をしていた。


 ま、まだだ。まだ終わってなるものか!


「穂鈴。そんな顔しないで。まだ終わってないから!」


 そう言って俺は財布から硬貨を一枚取り出した。そして投入口に差し込もうとした時、突然前から誰かの泣き声が聞こえてきた。

 穂鈴は咄嗟にゲーム機の裏に行く。俺もそれに倣う。するとそこには泣きじゃくる少年の姿があった。

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