第4話 暗雲

 外に出ると、すでに街は電気の光で明るく照らされていた。そして、穂鈴は宝石のような目を輝かせていた。


「わぁ……綺麗……」


「本当だね……綺麗だ……」


 君が一番美しいよ。なんて言えればよかったのだろうけど、今の俺にそんなキザな台詞を発する勇気はなかった。

 ふと下を向くと、石ころのような硬い物体が転がっているのを足を伝って感じた。しかし、幸せの中にいた俺は、そんなこと気にも留めなかった。


 そして、悲劇が起こった。


「ねぇねぇ。今から行くのってどういうところなの?」


 彼女はあどけない顔でこちらを向いてきた。


「まだ教えない。秘密~」


「え~~~」


 彼女は露骨な声を出すと、頬を風船のように膨らませた。


 可愛い。もうほんっとに可愛い。天使はここに存在したんだ。


 カランッ


「そういえばさ穂鈴。さっきの男の子のことなんだけどさ……」


 隣を歩く彼女に話しかけた時、足元に不思議な影が出現した。そらは暮れ、光はほとんど存在しなこの空間において、暗闇すら凌駕する陰が表れたのだ。


 上を向くと、なんと工事現場の鉄骨が落ちてきていたのだ。


「ッ! 危ない!!」


 俺は彼女の体に手を伸ばそうとする。しかし、時すでに遅し。もう間に合わなかった。


 ドッガァァァァァァァァンンン!!!!!!!!!!!!




 ……それから早数か月が経過した。あの日下敷きになった俺達は救急車で病院に緊急搬送された。

 お互い命が危うい重症。数時間にも及ぶ手術の末、何とか生にしがみつくことができた。

 数日後、意識が目覚めた俺を家族は涙を流しながら喜んでくれた。だけど俺の心はちっとも喜んでなんかいなかった。

 起きるなり俺は穂鈴の安否を尋ねた。その問いに、彼らは皆沈黙した。


 直後、俺の精神が音を立てて崩れていった。


 後から聞いた話によると、彼女は俺が目覚める少し前に息を引き取ったそうだ。知人や家族に見守られながら……言葉も交わさず……。


 しばらく経って退院した俺だったが、学校には行かず、そのまま引き籠りルートへと進んでいった。

 もう嫌だった。あの時、何もできなかった自分を……驕って天狗になっていた己を……どんな手段でもいいから殺してしまいたかった。


 それから少しばかし時が流れ、家族や友人の力もあり、俺は何とか学校に行けるほどまでに心が回復していた。


 後悔は常に俺の周りを飛び跳ねていた。正直帰りたいとも思った。でも、ここで動かないと何も変わらない。変えられないとも思った。


 あの時彼女は笑っていた。死に際、本当に彼女は笑っていた。どうしてかはわからない。答えが消失したこの問いを前に、俺の心には暗雲が立ち込めていた。


 そして俺は、通学路を千鳥足で進んでいった。

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