第3話 迷子

「ど、どうしたの君。大丈夫?」


 穂鈴は慌てて少年の元に駆け寄ると、同じ目線にしゃがみながら優しく話しかける。


「君、迷子? お父さんとお母さんは一緒じゃないの?」


「ひっぐ、えっぐ……わからない……どこに行ったか……アァァァァァァ!!」


 男の子は両親のことを思い浮かべたせいかより一層泣きじゃくり始めた。


「と、とにかく慰めないと。ど、どうすれば」


 俺はしどろもどろになっていた。

 泣いている子供をあやしたことなんてないし、それにさっきから周りの視線が痛いし……あぁぁ困ったぁぁ!!


 頭を抱えていると、突然穂鈴が子供に背を向けた。手元を視ると、持っていた鞄から道具を取り出している。


 少し経って再び男の子と目を合わすと、彼の前に筒状に丸めた左手を見せた。そして右手を中に突っ込んだ次の瞬間、次から次へとハンカチが出てきた。


 そう、彼女の手品だった。


 数枚で手品が終わった時、彼はすっかり泣き止んで笑顔になっていた。穂鈴は頭を撫でると、俺の方を向いてきた。


「えへへ。やっぱり泣くのより笑う方が皆幸せになれるよね~」


「あ、あぁそうだな。にしても凄いなお前の手品。プロ並みじゃないか」


「だって私の特技なんだもん」


 彼女は微笑んだ。俺は思わずはにかんだ。


 それからというもの、彼女は手品を使ってひたすら彼を励まし続けた。俺はというと、彼が本格的に落ち着くまで周辺の店という店を歩き回った。

 しかし、慌てふためく親らしき人を見つけることはできなかった。


 沈んだ気持ちで穂鈴の所に戻ると、2人は仲良く会話をしていた。俺がそれに近づくと彼女は微笑みを向けてきた。


「どうだった?」


「ごめん。駄目だった」


 俺は静かに首を振ると、少し目線を落とした。


「あらら……でも、ありがとう。探してくれて。見つからなかったものはもう仕方がないよ」


 すると穂鈴は彼を真正面から見つめた。


「ねぇ僕。今から受付っていうお父さんお母さんにあなたのことを知らせてくれるところに行こうと思うの。ついてきてくれる?」


「……そ、そこに行けばパパとママに会えるの?」


 彼は真っ赤になった目元を擦りながら言った。


「えぇ会えるわ。お姉ちゃんとお兄ちゃんが約束する」


 彼女は力強い言葉を放った。それに彼は小さく頷く。


 かくして俺達は建物の一階にある迷子センターに連れていくと、従業員さんに彼のことを預けた。もちろん、親が来るまで彼から離れることはしなかった。


 太陽が沈みかけた頃、向こう側から誰かが2人走ってくるのが視えた。男の子はそれを見るなり大泣きしながら2人の方へ走っていく。

 穂鈴は俺の肩に身を寄せると、涙ぐんだ声を発してきた。


「よかったね……本当によかったね……もう迷子になっちゃ駄目なんだから」


 彼女は少し泣いていた。彼女の慈愛と涙を見ていると、気がついたら俺も一緒に泣いていた。


 俺は今日の穂鈴の行動を通してさらに彼女に惹かれた。


 穂鈴は容姿だけでなく、内面も人間として最高峰である。この時、俺はあることを心に留め、決意していた。


 俺はまだ穂鈴に大好きという言葉を伝えていない。告白した時もだ。だから、今日この後、俺は彼女に愛を叫ぶ。

 場所はこの辺りで一番の絶景を誇る海辺。必ず成功させる。必ずだ!!


 俺は彼女に話しかける。


「ねぇ。これから行きたいところがあるんだけどいいかな」


「……えぇもちろんよ」


 彼女は満面の笑みを浮かべた。俺は緩みかける頬を律しながら彼女と共に建物の外に出た。


 今から人生の大一番が始まる。俺はそのことに心の底から興奮していた。


 だがしかし、現実は非情であり、残酷でもあった。

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