過去のあなたに送る詩

リート

第1話 心に決めたあなたに

 何か月も前に死んだ恋人が、今目の前にいる。

 視界いっぱいに広がる桃源郷。燦然と輝く真夏の太陽。頬を滴り服に染みていく汗。そのどれもが俺にここは現実だということを叩きつけてきた。


 世界を巻き戻すこと数か月。枝に緑葉が生え始めていた頃、朝の教室は人の声で溢れかえっていた。

 黒板の右端には今日の日付と曜日が書かれており、すぐ下には当番の欄が空白のまま放置されていた。


 涼風が吹き抜ける窓際で、俺は友達とたわいもない雑談をしていた。特に何か起こるわけどもない普遍的な毎日。しかし、俺にとってそれはもう過去の出来事であった。


 ふと視線を余所に向けると、そこには太陽のように輝く美女がいた。青みがかった黒髪に黒真珠のような目である。

 俗に言うモデル体型で、学校でも一、二を争う彼女は、その容姿から全男子に神と崇められるまでの存在であった。


 宝石のような彼女と視線が重なった時、俺は友達と少し言葉を交わすと彼女の方へと駆け寄っていった。


穂鈴みのり~。ちょっといいか~?」


「うん。全然いいよ~どうしたの?」


「えっとな。今日の放課後百貨店によって帰らない?」


「それって一緒に帰ろうって意味?」


「……そ、そういうことだな」


 俺は頬を搔きながら呟いた。すると穂鈴はえへへと笑うと首を縦に振った。


「了解だよ。どこで集まる?」


「学校終わりの正門前とかでどう?」


「わかった。じゃぁその時間で。えへへ~楽しみだなぁ~」


 彼女は脱力した笑顔を見せると、鼻歌をしながら教室の扉を開けていった。俺はゆっくりと後ろに振り向くと自らを律しながら歩を進めた。


 ……反則だろあれは! 理性が飛んじまうだろうがよ! なんていう悩殺業だ。覚悟して望まないとこちらの身が持たない。


 右手で額から顎にかけてを一気に拭うと、そこには鬼気迫る雰囲気を放つ友達の姿があった。


米沢よねざわお前さぁ……なんて幸せそうな面してんだよほんとに。明華あけばなみたいなべっぴんを彼女に持つとか羨ましすぎるんだが?」


「まぁそう言うなって。お前にもいつか春は来るさ」


「チェッ! これが勝ち組の余裕ってやつかよ」


 彼はそっぽを向くと、どこまでも続く青空を眺めていた。俺は苦笑いをしてその場を受け流すと、そのまま何もない空っぽの自席に座った。


 もうお気づきだと思うが、彼女と俺はカップルだ。それもつい最近成立したばかりの出来立てほやほや。

 つまり、俺は穂鈴のことが大好きだ。胸を張って言える。大観衆の前でも大声で叫ぶことができるほどに。

 くどいようだがもう一度言う。俺は穂鈴のことが大大大好きだ。生涯を共にする覚悟だってある。


 俺は彼女のことを人生を掛けて幸せにする。老衰以外で死なすことは絶対にさせない。


 高校生の癖に決意が早すぎると思ったそこのあなた。嘘じゃないぞ? 俺は本気なんだ。馬鹿にするなよ?

 穂鈴が持つ慈しみの心は宇宙一だ。俺はそこに惹かれたんだ。たとえどんな困難に遭遇したとしても、この恋は確実に実らせてやるぜ!


 俺はそう思いながら担任の先生の話を聞き流していた。

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