最終話
「心筋梗塞、って聞いたことあるかな……?」
翌日、桜さんは何を話してくれるのだろうと考えながらホームに向かうと、暗い顔をした加藤さんに到着早々そんな質問をされた。
何となく不穏な空気を感じつつ、「はい」と答える。具体的なことはわからないが、心臓の病で、死因としてよくあることだという知識はある。
「桜さんが今日の夜中、心筋梗塞で亡くなりました」
「……え?」
持ってきていた水筒を落とし、音を立てる。
「シモンくんに、もう一度ありがとうって伝えといてって、退勤直前に伝言されたから、伝えておくね……」
必死に取り繕っているが、消え入りそうな声だった。
──加藤さんみたいな人に人生の最後の期間寄り添ってもらって、きっと桜さんも嬉しかったはずですよ。
そんなことを言うべきなのかもしれないが、どうしても聞きたいことがあった。
「……あの、桜さんの言葉ってどこからですか? 桜さんが『シモンくん』って言ったんですか……?」
加藤さんは頷いた。
「『シモンくん』からだよ。……たぶん、どこかで八城くんが孫じゃないってことはわかってたんじゃないのかな」
「そんな」
じゃあ俺がやったことって、いったい何だったのだろう?
夢から冷めた桜さんは、死んだ孫を騙る俺を、どんな気持ちで眺めていたのだろうか。知らず知らずのうちに、俺は癒すつもりで傷口に塩を塗っていたのだろうか。
指先が震え始める。
そんなことなら、俺は最初からボランティアの八城さんとして一貫しておくべきだったんだ。そもそも孫のフリをするなんて、どう考えても不適切だろう。加藤さんも、両方ノリノリだったから注意するにできなかっただけなのに。
ずっと『八城です』と言っておけばよかった。近いうちに桜さんは、あの世で亡くなった家族と再会できていたのに……。
「八城くん」
加藤さんと目が合う。何度も呼ばれていたのに気づかなかったようだ。
「桜さんはありがとうって言ってるんだよ。遺言に残すくらい、本当にそう思ってたんだと思う。……孫のフリをするのは、そりゃ客観的に考えればあんまりよくないことなのかもしれないけどね」
でも、と加藤さんが続ける。
「桜さんがシモンくんと話すとき、ご家族の話をするとき、わたしたち職員にシモンくんとの話をしてくれるとき、本当に楽しそうで、嬉しそうだった。
シモンくんが桜さんのそういう感情を引き出した、ってことは覚えてて」
ふと、桜さんの「生きてさえいればええんよ」という声が蘇った。
記憶の中とは思えないくらい、明確に、鮮烈に。
生きていてほしかった 夏希纏 @Dreams_punish_me
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