第68話 秘密の果実

 後日、私たちは骨休めにウルホ湖のほとりへピクニックに出掛けた。

 パティは忙しいとのことで、私とケモ達だけのものだったけれど。


「アリス、受け取ってなの」

 コリンがきれいな花を差し出してくる。

「え、初めて見る花! すごくきれい。どこにあったの?」

「えへっ、ガガタリ山の山頂に咲いてたなの」

 待って?

「ガガタリ山ってどこ?」

「えぇとね」

 コリンははるか向こうにうっすらと見える山を指差す。

「あれなの! アリスに似合いそうなきれいな花が咲いているのが見えたから、摘んできたなの!」

「へー。いつ摘んできたの? 今とって来たみたいにみずみずしいね。コリンは保存が上手……」

「今取ってきたなの!」

「え」

「さっき見つけたから取って来たなの!」

 さっき見つけて取って来たそうだ。

(ちょっとの間姿が見えないなぁとは思ってたけど、一瞬であんな場所まで!?)


「んだよ、コリン。そんなん食えねぇじゃん!」

 ガサツな声が聞こえたかと思うと、目の前に巨大魚が落ちて来た。

「なにこれ!?」

 目測だが、1.5メートルはありそうだ。

 丸々と太り、ビチビチと跳ねている。

「ディーン、これ、どうしたの?」

「イカラシ川で捕って来た! アリスにやるよ」

「イカラシ川……」

 また聞いたことのない地名だ。

 魔獣退治の範囲内で行ったことのない場所だから、相当遠いはずだ。

「めちゃくちゃ大きいね。魔獣だったりしない?」

「違ぇよ! 魔石ケントルがついてねぇだろ」

「確かに」

「魔獣だったら、アリスがまた見境なく魔獣人に変えてしまうじゃねぇか。誰がお邪魔野郎を増やすような真似すっかよ」

 見境ない言うな……。

 いや、ごめん、魔獣だったら可能性はあったよ。

 ただ、『けもめん』にこんな川魚の獣人はいなかったから、どんなのが出来るか予測がつかない。

 サメとかシャチとかあの辺ならいたんだけど。


「おや、皆でアリスに贈り物ですか。いいですね」

 優美な足取りで、セスがやって来た。

「私がアリスに差し上げられるものと言えば、これくらいですが」

 そう言ったかと思うと、セスはそっと菫色の鉱石を差し出す。

「これって、宝石?」

「さて、その辺は私には分かりかねますが、美しいでしょう?」

「うん、すごく」

 セスは私の側に膝をつき、顔を近づけてくる。

「この石、私の目の色によく似ていると思いませんか?」

「あ、言われてみればそっくり」

「ふふ、ぜひあなたのお部屋のベッドサイドへ飾っていてください。あなたがいつも、私に見守られている気持ちになれるように」

(おぉう)

「それにしても、こんな石、一体どこに……」

「クララカ洞窟で見つけました」

 また聞いたことない地名出て来た。

 絶対、普段の行動範囲内じゃないところ。

「遠くまで行って見つけてくるのは大変だったんじゃない?」

「いいえ。アリスのためと思えば、大した距離ではありませんでした。それに、これを見るたびに私のことを想ってくれるでしょう?」


「むぅう~!!」

 コリンが面白くなさそうな声を出す。

 白くふくふくとしたほっぺを膨らませて。

「ボクだって、ボクを思い出してもらえるような、もっといいもの探してくるの!」

 言い終えると同時に、コリンはダッシュで駆け去って行く。

「コリン、どこに行くの!?」

「クソッ、負けるかぁ!」

「ディーンまで!? ちょっと!」

 コリンに続いてディーンもまた、あっという間に視界から消えてしまう。

「もう、二人ともムキにならなくてもいいのに。ねぇ、セス?」

 そう言って振り返った先に、セスはいなかった。


「困ったやつらだ」

 そう言いながら近づいてきたのはレオポルドだった。

「アリスのことを放って姿を消してしまうとは」

「本当だよ。今日は皆でリラックスするためにここに来たのに」

 レオポルドは私に並んで座ると、赤い実を手渡してきた。

「……これは?」

 これまでのパターンのように、聞いたこともない土地で収穫してきたものかと身構えたが。

「イハバの森だ」

 意外にもすぐ近くの場所の名前が出てほっとする。

「食ってみるといい。美味いはずだ」

「うん」

 私は軽く拭いてからかぶりつく。

 見た目はマンゴーのようだが、味はイチゴによく似ていた。

「美味しい!」

「そうか」

「これがあれば、お店に出せる新しいデザートも出来ちゃうかも」

 私の言葉に、レオポルドは少し困ったように笑う。

「これは……」

 レオポルドが目を閉じる。

「アリスを連れて行った、あの樹の高い位置にだけ実る果実だ」

「えっ、そうなの?」

 連れて行かれるのがいつも夜だったので、周りにこんな果実が実っていたことなど全く気付いていなかった。

「そんなところにあるなら、これって普通の人間じゃ見つけられない珍しいものなんじゃ?」

「その通りだ」

 レオポルドが、わずかに身を寄せてくる。

 腕に触れるレオポルドの腕のぬくもりと逞しさ。

 密やかな吐息と共に、低く穏やかな声が耳をくすぐる。

「他の者では辿り着けない、自分とアリスだけの秘密の場所に実るものだ」

「それじゃ……」

 二人だけの秘密の場所と言われ、胸の奥が甘く疼く。

「他の人に教えちゃいけないね」

 私がそう言うと、レオポルドは満足そうに目を細めた。


「アリス」

 漆黒の獣毛に覆われた指先が、私の前髪をそっとかき上げる。

「くちづけをしてもかまわないか」

「うん……」

 レオポルドの唇が、額に触れる。

 続けて愛し気に、舌先がそこをくすぐった。

 ぞくぞくする快感が背筋を駆け抜ける。

 漏れそうな声を堪えていると、ぬくもりが遠ざかった。

 目を開くと、求めるようなレオポルドの眼差し。

 私も彼の頬に手を添え、頭を自分の方へ引き寄せると魔石に唇で触れ、同じ仕草を返す。


「ねぇ、レオポルド」

 うっとりと視線を絡ませ合いながら、私は彼へ思い切って伝える。

「キス、ここにも欲しいな」

 私は自分の唇を指先で触れて見せる。

 レオポルドは少し不思議そうに首をかしげたが、すぐにそのおもてに柔らかな笑みが浮かぶ。

「それがアリスの望みならば」

 両肩を大きな手で覆われ、引き寄せられ、優しい吐息をすぐ側に感じた。


 遠くから、駆け付けてくるけたたましい足音が三つ、聞こえて来た。


 ――終――

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この唇はただイケ獣人のためにある 香久乃このみ @kakunoko

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