第67話 ケモ達による救出劇

 ぽかんと口を開けたザカリアに向かって、光弾と化した豹型魔獣フェテランが飛び掛かっていく。

「うぉあぁ!?」

 だが、光はザカリアをすり抜ける。

「な、なんですか、今のは……」

(これって……)

 それはコリンが兎型魔獣ラティブを吸収した時と同じ現象だった。

 豹型魔獣フェテランの消えた場所には、完全な形をした翠がかった金色の魔石ケントルが転がっている。

 愛しく想う相手の瞳と同じ色の。

 私は理解した、白い光の飛んで行った先を。

(レオポルドが近くにいる!)



「助けに参りましたよ、アリス」

 その時、前触れもなく耳元を甘く囁く声がくすぐった。

(えっ?)

 振り返って見たがそこには誰もいない。

 ただ、何者かの気配だけは感じ取れる。

(透明人間?)

 カチリと音がして、私の手枷が外れた。

「わっ!?」


 床へと崩れ落ちそうになった私を、目に見えない何かがふわりとすくい上げる。

(この現象、何!?)

 私の疑問に答えるように、それはじわりと姿を現した。

「お待たせいたしました。アリス、確保です」

「セス!!」

 思い出した。

 ゲーム『けもめん』のセスは、体の色を周囲に溶け込ませる習性があった。

 カメレオンのように。

「ふふ、扉が大きく開いていたので、入りやすくて助かりました」

(ああっ、この余裕! かっこいい!)


「なっ、なっ……」

 突如姿を現したセスに、ザカリアは言葉を失う。

 続いて、近い場所から元気な声が聞こえて来た。

「おらおらおらぁー! かかってこいやぁ! 弱ぇ弱ぇ! あっひゃっひゃ!」

「ひぇ!?」

 ザカリアが背後をふり返り、ぎくりと身をすくめる。

 そして慌てふためきながら部屋から飛び出して行った。


「アリス」

 セスが私を優しく下ろす。

 そして転がっていた魔石ケントルを拾い上げると、私の掌へそっと押し込んだ。

「私はこちらのお嬢さん方の拘束を解いてから追いかけます。ディーンと共にどうぞ脱出を」

「ありがとう、セス! みんなをお願いね!」


 小部屋を出ると、そこにはすでに倒されたザカリアの手下どもが、床を埋め尽くさんばかりに転がっていた。

 死屍累々とはこういう光景を言うのだろう。

 死んでないけど。

「あーぁ、手ごたえはねぇし、手加減してやらなきゃだし、かえってストレスたまるっつの」

「ディーン!!」

「へっ。無事だったかよ、アリス」

 ディーンは私を見て、尻尾をパタつかせる。

「まぁ、心配なんてしてなかったけどな!」

(ははは、こぉいつぅ!)

 ディーンのツンデレ仕草にほっこりしながら、その首元をわしゃわしゃと撫でる。

「おい、やめろ! くすぐってぇだろ!」

 そんなことを言いつつも、尻尾の勢いが上がったのを私は見逃さなかった。

「レオポルドは?」

「こっちだ、ついて来いよ」


 ディーンに導かれ、階段を駆け上がる。

 やがて、その先に二つのシルエットが見えた。

「あがが、はが……、た、たふけ……」

 そこにはザカリアを捕らえたレオポルドの姿があった。

 片手で胸倉を掴んで高々と持ち上げ、もう片方の手の長く伸びた爪を全てザカリアの口へ突っ込んでいる。

「このまま脳天まで貫いてやろうか」

 レオポルドの怒気に満ちた低い声。

 ペリドット色の目が、冷たくザカリアを射抜く。

「それとも、口をこのまま引き裂いてやろうか」

「ひゃめ、ひゃめ……」

「レオポルド!」

 私はレオポルドに駆け寄り、背後から彼に抱きつく。

「レオポルド……」

「アリス、俺はこいつを許さない。たとえアリスの命令だとしても」

「ひ、ひぃい……!」



 その時、大勢の足音が階上から轟いた。

「何の音?」

 やがてコリンがひょっこりと顔を出す。

「あはっ、アリス!」

 コリンが無邪気に飛びついてくるのを、私は受け止める。

「ボクね、パティに言われた通り連れて来たなの!」

「連れて来た? って、誰を?」

 私の問いに答えるかのごとく、間もなく大勢の兵士が姿を現した。

「パティから、行く前に領主様に報告するように言われたなの! アリス、無事でよかったなの!」

 スリスリと擦り付けてくるやわらかく温かな白い頬。

 私はその頭をそっと撫でた。

「レオポルド、彼を兵士さんたちへ引き渡して」

「……」

「許さなくていいし、私も許してない。でも、あなたが罪人として捕まるのは嫌だよ。……一緒に、いられなくなる」

 レオポルドはコリンの連れてきた応援に目をやり、低く唸るとザカリアの口から爪を引き抜く。

 そして兵士たちの足元へ、忌々し気にザカリアを投げつけた。

 この瞬間、ザカリアの隆盛は終わったのだ。




「ザカリア、財力も影響力もあるから領主様もあまり強く言えんかってんけどな? 実は領主様、あのザカリアの莫大な財産を欲しがっとってん」

 無事に家に帰りついた私に、パティが説明をしてくれた。

「でな、『はっきりした悪事の証拠を見つけたい』思てたみたいやからな、これ幸いにとコリンと一緒に御注進に上がったっちゅーわけや。今こそ好機ですよ、てな」

「好機って……」

 毒を以て毒を制す、と言ったところだろうか。

「領主様、ザカリアの財産全没収出来て、ホクホクやったわ。あ、ザカリアは牢屋な」

「牢屋……。借金のカタに娘たちを集めて働かせてたことは許しがたいことだけど、全財産没収にまでなるの?」

「アンタが囚われてたあの小部屋から、ぎょうさん遺体や人骨が見つかってん」

「ひ!?」

「折檻か拷問か仕置きの結果、やろな。なんや、気付かんかったんか? めっちゃ臭かったやろ?」

 あの生ごみ臭を何倍にもしたような悪臭は、死臭だったようだ。

「それにしても、ザカリアを敵に回したくなかったんじゃなかったの?」

「やー、もう何回かアンタとるとこ見られて微妙な感じやったしな? それやったら、もう潰れてもろた方がえぇかな~、って」

 さらっと怖いこと言う!

「あと、領主様からの報酬が美味しかったし」

 やっぱりそこに着地するのか。


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