第66話 耐えがたい選択

「おやおや、盛況ですねぇ。若い女のさえずりは、華やかで実にいい」

 金属製の扉の開く音とともに姿を現したのは、ザカリアだった。

 周囲の乙女たちがヒッと息を飲む。


「おぉ、臭い」

 ザカリアは鼻をハンカチで覆い、部屋へ足を踏み入れてくる。

 そして私の前に立つと、ニヤリと笑った。

「お久しぶりです、アリスさん。お茶の用意もなく、こんな場所で申し訳ありません」

「ここはどこ? どういうつもり?」

「はは、ここは聞き分けのない女どもの反省室でしてな。残念ながら、あなたにも一度ここに入ってもらう必要があると思いまして」

(はぁ!?)

「聞き分けがない? あなたの思い通りにならない、の間違いじゃないの?」

「それを聞き分けがなくて、反抗的で、生意気で、身の程知らずだというのです」

(めちゃくちゃ増えた!!)


「アリスさん、あなたは生意気だが、素材は悪くない」

 ザカリアの太い指が私の顎を掴む。

(ひっ!?)

 全身が総毛立つ。

 至近距離で分厚い唇が、にたぁと嫌な笑いを浮かべた。

「場合によっては、うちの店で稼がせてあげますよ」

「っ!?」

 その一言で、私をどう扱うつもりかが十分に伝わって来た。

「アリスさん、あなたの獣どもはあなたを心の底から慕っているようだ。ですからねぇ、あなたの尊厳を人質に取ろうと思いましてね?」

 おぞましさに息を飲む。

 私の反応をいたくお気に召したらしく、ザカリアは嬉しそうに目を細めた。


「だ、だから! 女の獣人はいないんですって!」

 震える声で懸命に告げるが、ザカリアは静かに首を横に振る。

「それはもういいのですよ。わたくしは、あなたの持っているあの獣どもが欲しい」

「な……」

「わたくしのしもべにしたいのです。きっとあれらは……」

 ザカリアは夢見るような目を天井に向けた。

「近衛兵団に匹敵する」

(この男、絶対的な戦闘力としてレオポルドたちを欲しがってる?)

「そんなこと、私のケモ達が承諾するわけ……!」

「だから言ったでしょう、あなたの尊厳を人質にすると」

 ザカリアは喉の奥でクックッと笑う。

「あなたが傷つけられると知れば、彼らは言うことを聞くのではないですか?」


 十分にありうることだ。

 いや、彼らなら私が傷つく前に助けてくれる?

 だけどもしも、間に合わなかったら……。

 私は唇を噛む。

「アリスさん、あれらをわたくしに譲ってもらえませんかねぇ?」

「……」

「返事は?」

「……」

「返事はどうしました?」

 どうしても答えることが出来ない。

 彼らをこんな男にいいようにされるのは我慢できなかった。

 私が人質になれば、きっとレオポルドたちにもつらい思いをさせるだろう。


「ハァ……」

 ザカリアが大袈裟にため息をつく。

 そして入り口まで戻ると、そこにあった金属製のレバーに手を掛けた。

 その瞬間、周囲に吊るされていた乙女たちが悲鳴を上げた。

「おやめください!」

「お願いします! それだけは勘弁してください!!」

「アンタ! ザカリア様に逆らうのはやめて!!」

(え……?)

 彼女らの悲鳴へ、ザカリアは心地よさげに耳を傾ける。

 そしてレバーをわずかに押し下げた。


 途端、地響きが起こる。

 目の前にあった壁が僅かに上昇し、地面との間にすき間ができた。

 女たちが絶望的な悲鳴を上げる。

(え? 何?)

 その瞬間、隙間からカッと猫の手のようなものが飛び出した。

 ただし、巨大な。

(あれは……!)

 長く伸びた爪の形に見覚えがあった。

 レオポルドのものとよく似ている。

(動く壁の向こうに、豹型魔獣フェテランがいる!?)


「ご想像の通りですよ、アリスさん」

 ザカリアはニタニタと笑う。

「さぁ、あなたのバケモノどもをわたくしに譲ると言いなさい。わたくしの望み通り働かせると誓いなさい。でなければ、豹型魔獣フェテランをここに出しますよ? 鎖で繋いであるのであなたに届くのは爪の先程度ですが、消えない傷痕は残るでしょうねぇ。あぁ、ここにいる他の女どもはもれなく餌食になりますねぇ」

 泣き叫ぶ声が耳をつんざく。

 壁は少しずつ上昇し、やがて隙間から豹型魔獣フェテランの顔まで見えるようになった。


 私はギリッと歯を食いしばる。

(私の選択が、この人たちの命までも奪う……!)

 堪えがたい選択を口にするほかない、覚悟を決め唇を開こうとした時だった。


 壁と床のすき間に顔を突っ込み、こちらへ牙を剝いていた豹型魔獣フェテランが、突如白い光へ変化した。

「は?」

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