第65話 囚われのアリス

 戦闘、と表現してもいいものかどうか怪しい揉め事は、一瞬で片が付いた。

「な……、な……、な……」

 店の外に放り出されたザカリア御一行は、信じられないものを見る目で私たちに向け、口をパクつかせている。

(いつも下っ端にばっかやらせていたから、レオポルドたちの力を知らなかったか)

 報告があっても、信じていなかったのかもしれない。


 勝負になどならなかった。

 飛び掛かってきた彼らを、レオポルドたちは軽くいなし、抵抗力を奪い、後は首根っこを掴んで店の外へ放り出したのだ。

 それはほぼ害虫や害獣の駆除と変わらなかった。

「迷惑なんで、二度と来ないでください!」

 私たちは扉を閉めた。


「何と素晴らしい生物だ。あの女が従えているバケモノどもは……」

 扉の向こうでザカリアが歪な笑みを浮かべていたことを、この時の私は全く知らなかった。




「そういやパティ、あの日、途中で姿消えてたよね?」

 数日後、私は開店準備をしながらパティに話しかけた。

「あの日て?」

「ザカリアが手下連れて、突撃して来た日!」

「あ~……」

 パティは気まずそうに、頭をガリガリとかく。

「心配したんだよ? 突き飛ばされて、壁に頭打ち付けたように見えたから。なのに気付いたら姿消してて、終わってからひょっこり二階から姿見せるんだもん」

「いや、しゃあないやん? 商人として、テヴリ商会は敵に回したないねん」

「敵に回したくないって……」

「あそこは規模が大きだけやのぅて、あちこち取引先も多い。ザカリアに睨まれたら、アイツの息のかかったルート全滅してまうんや。商人としては致命的や」

「う……、そっか」

「せやから、アイツとの揉め事にはウチを巻き込まんといてな!」

 パティのてへぺろ顔を、私は渋々ながらも受け入れるしかなかった。




(あ、鶏肉足りない)

 ザカリアの手下が来なくなってから、客足は徐々に戻りつつあった。

(これじゃ、途中で品切れしちゃうかも)

 お使いを頼もうとコリンをふり返る。

 コリンは野菜の仕込みに忙しそうだった。

(たまには自分で買いに行くか)

 鶏肉が『ニキーチェ』と言うのは覚えたし、売っている店も知っている。

 掃除や準備をしているケモ達の邪魔をしないよう、私は黙って店を抜け出した。


 それがいけなかった。

 駆け寄る足音に振り返るより先に、両腕と口を押さえられた。

「!?」

 私たちの店は、人通りの少ない場所にある。

 助けを求めることもできないまま、私はあっという間に縛り上げられ、袋をかぶせられてしまった。





「アリス?」

 指示された野菜を切り終えたコリンが辺りを見回す。

「いないなの?」

「アリスなら結構前に出てったぞ」

「出て行ったなの!? どうしてなの!?」

「買い物じゃね? 金持ってったし」

「ぅう、野菜の匂いで気付かなかったなの!」

「それにしても、少し遅いですね」

 セスが首をかしげる。

「大通りの市場まで行って買い物して帰ってくるなら、もう戻っていても良いでしょうに」

「……アリスに何かあったなの?」

 その言葉と同時に、レオポルドとディーンが店から飛び出した。


「アリス! どこにいる?」

「ん? あれ?」

「どうしたディーン」

 ディーンが鼻をひくつかせ、辺りを見回す。

「ここまでアリスの匂いが残ってるんだけどよ」

 ディーンは、爪先で地面をつつく。

「ここで急に途絶えてんだよ」

「なんだと?」

「あ、待て。この匂い……」

 再びディーンは鼻をうごめかし、やがて嫌そうに顔をしかめた。

「あいつらだ。前に何度も店に嫌がらせしに来た二人組」

「!」




(何、ここ……)

 気付いた時、私は手首に枷をはめられ、寒々とした小部屋に吊るされていた。

 目が慣れてくると、この部屋にいるのは私だけでないと気付く。

(ひどい臭いが充満してる。生ごみ置き場?)

「うぅ……、お母さん……」

「もういやぁ……」

「助けて、誰か助けて……」

 私と同じように吊るされ、傷を負い、涙にくれる若い女の姿がいくつもあった。

「あの、みなさん、ここはどこですか? なぜ、私たちはここに?」

「そんなのわかり切ってんだろ!」

 野良犬のようにぼさぼさの髪を逆立てた少女が、苛立った様子で怒鳴ってくる。

「ザカリア、様の、満足する売り上げじゃなかったから、お仕置きされてんだよ! アタシも、アンタも!」

「売り上げ?」

「わ、わたし……」

 青白い顔のやせっぽちの女が、ぼろぼろと涙を流す。

「あんなの、他の男になんて、無理です……。恋人が、いたのに……」

「仕方ねぇだろ、アタシらは売られたんだ! あとは稼いで年期が明けるのを待つしかねぇんだ!」

(もしかして、娼館の子たち!?)

 彼女らの話す内容から察するに、ザカリアはどうやら借金のカタに若い女を集め、娼館で働かせているようだ。

(自分から進んでこの仕事をしているなら、私だって否定はしない。だけど……)

 望まない人間に無理やり従事させ、売り上げが目標に達していないと言う理由で折檻する。

(なんてやつ……!)

 その時、ガチャリと扉の開く音と共に、小部屋に光が差した。

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