休日
東雲そわ
第1話
「ちょっと眠たい」
そう言って立ち上がった彼女は、私を不安にさせる足取りでリビングを横断すると、そのまま倒れ込むようにソファーの上に寝転んだ。
「……寝るの?」
「うん」
「どのくらいで起こせばいい?」
「……よきところで」
うつ伏せのまま喋る彼女は、壊れたスピーカーのようにそのまま音をたてなくなる。
日曜日の夕方。さっきまで私の部屋の本棚の前で体育座りをして読んでいた文庫本には、しおりの代わりなのかテレビのリモコンが挟まれていた。
彼女の寝息が聞こえ始めてから数分後。私は静かに家を出た。
近所のスーパーは野菜が高いので駅前のスーパーまで黙々と歩く。今夜はパスタを茹でることにした。サラダは彼女の好きなトマトをメインに。お酒は昨日の残りがあるので買うのを止めた。
混雑するレジに並びながら、来る途中にすれ違った黒猫のピンぼけ写真を彼女のスマホに送ってみるものの、結局帰宅するまで未読のままだった。
帰宅した私を待っていたのは眉毛のない不細工な寝顔。休日にインドアを決め込んだ彼女はほとんどノーメイクのままこうして怠惰な休日を過ごしている。
自然と買い出しは私一人で行くことが多くなる。財布を預かるのは私だし、彼女を連れて行くとお酒を買い過ぎるので、それはむしろ好都合ではあったけれど、今日は少しだけその寝顔に腹が立った。
ソファーから落ちかけている彼女の下にクッションをセットすると、私はキッチンに向かい、淡々と料理を始めた。
しばらくして、リビングの方から物音がした。何かが落下するような鈍い音。
悶絶するような声が聞こえてきても、包丁を握る私の手は一定のリズムでトマトを刻んでいた。
やがてキッチンに顔を出した彼女は、なぜだか少しむくれていた。
「落ちる前に起こして欲しかった」
「よきところで、って言われたから」
「……そんなこと言ったっけ?」
本気で覚えていない顔だった。ぎりぎりまで眠気を我慢する彼女は、寝る直前の出来事を覚えていないことが多い。何かと便利だけど、ごくまれに腹立たしくなる能力だ。
「ご飯、食べれる?」
「うん。いっぱい食べれる」
「それはよかった」
トマトをつまみ食いしようとする彼女をリビングに追い返すと、鍋を火にかけ、私は少し悩んだあと、三人前のパスタを茹で始めた。
休日 東雲そわ @sowa3sisu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カク人たちへの13の質問/東雲そわ
★45 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます