終末のフィロソフィー

純粋な水

第1話 世界

あの戦争から16年

都心部はすでに復旧し、街には平穏が戻っていた。

私は退役してすぐ故郷に帰り、軍時代に稼いだ金で毎日をだらだらと過ごしている。


市役所に書類をだした帰り道、市役所のある通りを抜け真ん中に小さな噴水のある公園のベンチに腰を下ろし、ゆっくりと今日も目を閉じる。戦後欠かさず行なっている日課だった。



目を閉じるとそこには、いつものように遠い記憶が広がっている。

小さい頃、まだ戦闘が激化する前の戦争初期のこと、監視兵の目を盗み、祖父と初めて安全区を抜けだして連れていってもらった小さな公園、ちょうど今いる公園と同じくらいの大きさで、同じように真ん中には小さな噴水があった。

今はちょうど小さい私が目をあけるのを怖がっている場面が瞼の裏のフィルターに映し出されている。




長いこと祖父の背中に乗って、移動した。

「ほら、目を開けてもう大丈夫。」祖父の声がする。


まだ私は怖がって、首をフルフルと横に振っているのが見える。

怖かった、ずっと安全区の中で過ごしてきた私は外の世界で動きひしめいている奴らがどんなものか知らなかったし、見たことがなかった。

お母さんも、お父さんも奴らに殺された。

怖かった、ここに来るまでずっと固く目を瞑っていた。



「怖いだろ」祖父が言う。




「別に無理をして目を開けることはない、お前の人生だお前がきめればいい。」






「ふぅ」祖父が息を吐く











「ただこれだけは覚えておけ、壁は乗り越えるためにあるし、お前がそれから目を背けても反対方向に走ったとしても、なくなるもんじゃない。」


祖父の唾を飲む音だけが響く









「お前がもし、立ち向かうと言うなら。高く大きな壁を乗り越えると言うなら、

その先にはきっと、絶景が待っている。」


「わかったよ」少し間をおいて、やはりまだ少し恐れながらゆっくりと目をあける。






























「これが本当のだ。」










































ここで、夢から覚め ただ目を瞑っているだけの状態になった。



祖父に見せてもらったあの『世界』を今も思い出す。

あたり一面が淡青で埋め尽くされ、ただ息をすることさえ忘れてしまいそうなあの空を。黄金色に光り、ただ自然の雄大さをひしひしと放ち続け、身体中全ての血を稲穂で埋め尽くしてしまいそうなあの大地を。










祖父は両親以外の家族や親戚と一緒にあの大戦で死んだ。

正確に言えば、戦争初期に両親が戦争晩期に祖父がという通知がきた。戦時中は敵味方双方の銃弾や爆撃が四方八方から入り乱れ、死体を回収する暇もなく、隙あらば撃たれ殺されるというルールもひったくれもない大混戦。軍本部は遺骨を送ることができなない代わりに、訪れることのない帰りを待つ遺族のために「いなくなった」という何とも曖昧な通知を送ることにしているらしい。


皮肉な話だ。

どうせ帰ってこないならはっきり伝えてくれればよかったのに。

日課でよくこの思考にたどり着くことがあった、いつものように私は過ぎたことに言っても仕方がないと、私を慰めこれについて考えるのをやめた。




少しの間、なにもない時間が流れ、ようやくまた思考を始めた。

両親のいない私を引き取り育ててくれた祖父を、何よりあの『世界』があることを教えてくれた祖父をとても慕っていた。本当に大好きだった。



いつも私を安心させようと、私が見たことも聞いたこともないような昔話を聞かせてくれた。『世界』もその一つだった。この経験はこれまで話半分で聞いたいた話に不思議な説得力を持たせ、私に生きる希望を持たせた。



あの景色をもう一度見ることが、私の専らの目標であり生きる術だった。







祖父もいなくなってしまった今。

あの景色も壊れてしまった今

もうなにもやる気がしない、なにもできる気がしない。

この公園であの夢を見ることだけが生きがいになっている気がする。







“この先、この世界はどうなっていくのだろうか。“




いつもならこのあたりで意識がなくなるが、

今日はふと、ルーティーンにない考えが頭をよぎった。



考えても意味がないようなことでも、今この時間だけはにとても意味があるような気がした。






目を閉じればまた、その背中を思い出すことができる。

顔はもう思い出せないけれど、決して忘れられない、忘れてはいけない景色を言葉を、私はちゃんと覚えている。





「外は奴らみたいに怖いものばっかりじゃない、中にはこんなにいい場所だってあるんだ。」






「ただ、それをお前に知って欲しかったのさ。」





目を開け

私はに歩きだした。


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