It's too sweet to drink

霞(@tera1012)

第1話

 付き合っちゃいけない3Bオトコ。あたしの彼氏はまさしくそれだ。


 リュージさんはめちゃくちゃかっこいい。目はすうっと切れ長で、通った鼻筋に、薄い唇。顔が小さくて、姿勢のいいすらっとした身体には、バーテンダーの制服が良く似合う。

 でも意外と、手は大きくてごつごつしている。その指先が、メジャーを挟んだり、シェイカーに添えられたり、マドラーを持ち上げたりするたびに、あたしはドキドキしてしまう。


 鮮やかな手さばきをうっとりと見つめていたら、そのきれいな目がちらっとこちらを向いた。

 きゃー、みなさん、聞いてください、私、この人のカノジョなんですよー!

 心の中で身もだえしているうちに、きれいな顔が、どんどんこちらに近づいてきた。


美織みおり。大丈夫か? 眠いだろ。やっぱり帰れば、タクシー呼ぶから……」

 ことん、と私の前に氷水のグラスを置きながら、小さな声でこんなことを言う。声も、かっこいい。


「おい……」

「大丈夫。今日は、閉店までいていいって、約束でしょ」

「……無理するなよ。それから、俺の出したもの以外は、絶対飲むな」

「分かってるって」


 すぐに名前を呼ばれて、リュージさんはさっと振り向くと行ってしまった。後姿もかっこいい。

 今日は決戦だ。



**



 むっっちゃ見られてる。

 やりにくいことこの上ない。

 うわ、マルガリータですか。シェイカーカクテルな上にスノースタイルかよ。マジでトチりそうだわ。

 うーわ、なんかスマホ取り出してるんですけど。頼むから、俺を撮るとかだけはやめてくれよ……。あ、流石に自意識過剰だったか。恥っず。


 美織みおりはパステルカラーのワンピース姿で、カウンターの一番奥に座っている。比較的客の年齢層が高いこの店では、明らかに浮いている。


 彼女は俺の親友の妹だった。初めて会ったのは、彼女が高3の時だ。親友が、自分の結納式の後で、開店準備中のこの店にやって来た時、兄についてきたこの子は入り口の外で、制服姿でぽつんと立っていた。


「私と、付き合ってください」


 だから、それから2年経って、制服から地味なワンピースに服装の変わった彼女が、突然目の前に現れたとき、俺はただポカンとした。


「私、今日、20歳の誕生日なんです。お酒、飲めます」

「ええ……」

 

 彼女の顔は真っ赤で、手なんかちょっと震えていた。裁きを待つようにぎゅうっとつぶられたまぶたには、微かに涙がにじんでいた。

 あんまり一生懸命で、かわいそうで、俺は彼女を店に入れた。捨て猫を一時保護するような、感覚だった。


 親友の妹に手を出すつもりはないし、すぐ飽きられるだろ、と、その時は簡単に考えていた。年も離れてるし。

 でも気がつくと、店に通い詰めてくる美織みおりの無防備さが見ていられず、俺は部屋の合鍵を渡していた。美織が朝に来て俺の家で朝飯を食い、出勤していくなんて習慣ができて、2年近くになる。

 我ながらヘタレだが、完全に機を逃した。美織みおりの子供っぽい仕草を見るにつけ、未だに手が出せない。

 もちろん合鍵を渡してから、他の女とも寝ていない。やり方、忘れてるかも。





「ほら」

「ん……」


 カウンターに突っ伏して眠っていた美織の前に、氷水のグラスを置く。とろんとした瞳に、舌打ちしたくなる。誕生日だから希望を聞いてほしい、と押し切られたが、本音では店には来させたくない。


「お酒、つくって。調べたの。魔法のカクテル」

「ええ……」


 目をこすりながら、美織はスマホを取り出す。


「うんと、まず、ぺるの、60ml」

「ペルノ? ――お前、飲めんのか?」

「ホワイト・キュラソー、3ダッシュ」


 このレシピ。嫌な感じだ。


「アンゴスチュラビター、3ダッシュ。シェーク、コリンズグラス、ソーダ、フル、ビルド」

「お前が言うと、何かの呪文みたいだな」

 

 ゆっくりとシェイカーを振る。目をカッと見開いてこっちを見るのを、やめて欲しい。


「ほら」

 カランとマドラーでひと混ぜして、目の前にグラスを滑らせてやる。


「できあがり。――『キス・ミー・クイック』」



**



 ひとくち、飲んでみた。薬くさい。


「うわ、まっず」

「おまえなあ……」


 べーと舌を出したあたしを見て、リュージさんはため息をつく。

 それから、さっとグラスを取り上げると、ごくごく、とすごい勢いで飲み干した。

 あたしが教わった、してはいけないお酒の飲み方に、あっけにとられる。


「ああくそ」


 リュージさんは舌打ちして、ぐしゃっと前髪に手を入れる。それから、ふいにそのきれいな顔が近づいてきて、唇になにか冷たいものが触れた。

 すぐ離れたそれは、かすかに甘くて薬臭い味がした。


「わふ」


 あたしは離れかかった頭をむんずとつかまえると、もう一回、唇をぶちゅっとくっつける。

 しばらくそうして離れたら、リュージさんは突っ伏して、ゴン、とカウンターに額をぶっつけた。


「かなわねえわ、おまえには」


 えへへ。

 あたしは、目の前のリュージさんの後頭部をなでる。髪の毛、サラサラだ。

 あたしの彼氏は、世界一かっこよくてかわいい。

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