第九話

 秒でサクッと我が家へ帰ってまいりましたー(てへっ)……って、なるかぁ!! 魔力酔いだよ……チクセウ! 頭くらくらするわ!!


「ゼ、ス……せめて転移するなら……うっ、言ってからにして」


 店のカウンターに片手を突きながら、這う這うの体で訴えておく。

 魔力の多いゼスたちなら転移になんら問題はないだろう。だが、魔力の少ないあたしの身体には、転移するときに出る魔力が重圧となって酷い魔力酔いが起ってしまうことがある。

 それを今まさにあたしは、体現中で……。


「すまない……」

「と、とりあえず座らせて……うっぷ」

「シア、大丈夫か?」

「ふぃ~。うん、平気だから……あ、そうだった。はい、コレ」


 カウンターの床に置かれた木箱から赤色と青色の瓶を二本取り出して、カウンターへ置いた。

 赤色は体力回復ポーションだ。初級でかすり傷程度の怪我を、中級で骨折程度まで、上級になると心臓が動いている限り治療できるようになる。

 青色は魔力回復ポーションだ。一般的に十歳になると神殿で誰もが魔力を測る。それを元にして、初級は一から三まで、中級は四から七まで、上級は八以上の人たちが使う。

 因みに体力・魔力ポーションの最上級と言えば、幻のエリクサーである。現在、作れる人はおらず、ダンジョンで極々稀に出現するらしい。


 で、あたしが作ったポーションは、全てが三倍になるわけで……。ポーションを必要とする冒険者たちですら使えば、効果が高すぎて嘔吐したり寝込んだりするんだよ。

 始めて作って自分で飲んでぶっ倒れたアカデミー時代に調べて貰ったけど、効果が高すぎるだけで劇薬や毒薬にはなってないって言ってた。だから、素材を変えてみたり、量を少なくして敢えて薄くしたり、魔力の込め方を変えてみたりしたけど結果はお察しの通りで……。今じゃ、材料すら買えないから、自力で採取して作ってる。作ったところで、売れないけどさ。あぁ、涙出て来た……。


「少し、出かけて来る」

「あ、うん」


 ゼスの姿が消えて、十秒。

 あたしが、どこに行ったんだろう? なんて考える時間もないほど直ぐにゼスは戻って来た。そのままカウンターに置いた魔力回復用のポーションを手に取ったゼスは、キュポっといい音をさせてポーションを開けると目の前でポーションを飲んでしまう。


「ぜ、ぜす? あぁ……」


 まるでそこらの果汁水を飲むかのように喉を鳴らして飲んでいるゼスにあたしはこの後を予想して慌てるも、時既に遅く……。ポーションを飲み干したゼスは、お腹を押さえて屈みこんだ。


 だから言ったのに~!! ぜ、ぜすが、ゼスが死んじゃう。あたしのせいだぁ! 結婚初日に旦那を殺した新妻になるなんて……、あ、ありえない。落ち着け、落ち着くんだ、アリシア。

 ハッ、そんなことより、今は……。


「み、みず? 医者? どっちが先?! えっと、えっと……」


 出来るだけ落ち着いて対処しようとして失敗する。何とか思いつけた水を取りに行こうとして、先に医者の方が良いと思い直して方向転換した。そんなあたしの手をゼスが、掴んだ。


「ゼス?」

「す……」

「……す?」

「す、凄く良いポーションだ!」

「は?」


 何て? あたしの耳、おかしくなったのかな? 今、この世で一番聞こえちゃいけない言葉が聞こえたような……?


 ゼスの言葉が信じられないあたしは、頭を振ってから耳の穴に指を突っ込んでみる。すると今度は、両手を握られてキラキラした瞳で見つめられながらゼスから「シア、このポーションは素晴らしいものだ!」と、力説された。


「……ほ、本当に??」

「あぁ! これさえあれば、吐ける!」

「へ、へぇ~。なんども……いや、何度もブレス吐いちゃダメでしょ!」

「陛下!!」

「おふっ」


 ブレスって言う単語に気を取られてたせいで、気づけばゼスとあたしの手の間に色白眼鏡がっ。場所考えて飛んで来い! と、言いたいところだったけど、どうも色白眼鏡の顔色が悪い。

 一体何があったの? と、口を開きかけたあたしを遮るように色白眼鏡が「グロスト陛下、試しでを吹っ飛ばすのはやめて下さい!」と叫んだ。詰め寄る色白眼鏡にゼスが一歩下がる。

 そして、始まる色白眼鏡によるゼスへの事情聴取。


 こりゃやらかしてるね~、ゼスってばやんちゃだなぁなんて思えるかー! 魔力回復ポーションを試すために魔力を使おうとして、山にブレスぶっ飛ばした?? ちょっと、魔王様、それは拙いでしょう。流石に姿を見られてるし、誤魔化せないよね。


「陛下、今回の件は会議にて、しっかり事情説明お願いいたします」

「それは、必要な事なのか? 我がする必要性が感じられないが?」

「へいかぁ、お願いしますよ~」


 え、誰?! いつの間に増えたの??

 

 金髪に優し気な緑の瞳をしたエルフ女性の気弱そうな声が、突然会話に加わってあたしは目をぱちぱちと瞬いた。


 あの女の人の顔、見覚えがあるような、無いような……。誰に似てるんだっけ、あ! ロマグレ様だわ。間違いなくあの血筋だわ。あー、スッキリした。


「もう、へいかがぁ~、シーブラン方面の山にぃ~ぶっ放しちゃうから~、あっち方面の国々からぁ~、問い合わせがぁ凄いんですよぅ~」


 ものっそい間延びしてますやん。魔族の人って顔は良いのに、なんで残念な方向で個性派が多いんだろう? ゼスに近い気がするんだけど、近眼なの? それとも気があるの? あれ、新婚早々浮気の心配してるあたしって一体……。

 あぁ、ヤメヤメ。乙女な事考えたことないから深みにはまりそうでヤダ。良し! 違うこと考えよう。


 違うことと言えば、今不穏な言葉が聞こえたような? ゼスが吹き飛ばした山ってシーブラン方面だったのね。そう言えば、朝一番でお姫様帰るって聞いたけど、大丈夫だったのかな? ま、あたしが心配することじゃないか。


 なんてことをつらつらと考えながら、三人の会話――ゼスが一方的に怒られる様子を見していると。

 

「メルディ、近い。少し離れろ。それと、これを試したかったからだ」


 ゼスが詰め寄っていた金髪美女の肩を押し返す。そして、言葉を言い終わる前にカウンターの上に残っていた体力回復ポーション瓶を手に取って見せる。それを覗き込むようにしてゼスを囲んだ色白眼鏡と金髪美女が集まる。


「ポーションですか?」

「あぁ、シアが作ったこれは体力ポーションだな。我が試したのは魔力回復ポーションの方だ。とても素晴らしい効果を得た」

「番様が? 素晴らしい効果ですか?」

「色は、一般の物と変わらないようですけどぉ~、効果は違うんですかぁ~?」

「そうだ。これは魔族のために作られたと言っても過言ではない画期的な代物――一本で効果は三倍。これまで国で購入していたポーションの三分の一の量を確保できれば、その分食料輸入を増やせる」

「「なんですと(てぇ~)?!」」


 ちょ、いきなりあたしの方に詰め寄るの止めて! 説明が必要ならするから、近い。近いですって!! ゼス、話を変えたかったのは分かるけど、あたしに振るの止めてよー。国で三倍ポーション買ってくれるのは嬉しいけど、今は材料も何にもないんだからさ~!


 自分に都合の悪い話題だったせいかゼスへ向かっていた矛先が、あたしへと向けられた。色白眼鏡と金髪美女に詰め寄られた。あまりの気迫にタジタジしながらゼスを見るが、ゼスはドヤ顔を晒すだけで答えてくれない。結局、どうしたらいいのか分からないあたしは、壁へ追い詰められることになった――。

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ド貧乏乙女と魔王陛下~いきなり番と言われても~ ao @yuupakku11511

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