第12話 私よりも私に正直なひと
柔らかな髪質は、やはり人間離れしていて触っていて心地よかった。
優しいし、かっこいいし、私のことをわかってくれる。
まさか、凪があまりにも完璧すぎて悩むなんて思いもしなかった。
「こういうのホントは創られた側が悩むことだと思ってた。ワタシは何故創られたのだ?ってね」
私は重々しい声で、とある映画に出てきたキャラクターをイメージしてモノマネをしてみた。
「生前に
「えぇ本当に、大人になってから観たら深く理解できるようになって泣いちゃった」
複製され創られた生命が、生み出された意味に葛藤をする映画だった。
本物か偽物に固執していた被造生命は一つの答えに行き着いた。
『生まれたからには、お互い生命に変わりない』
「一葉は俺のことが本物の『凪』だと思うか?」
「どう考えても本物ね。だって……
生前の私にとって凪は、いつの間にか私の頭の中に生まれていた誰か。
この世界に来てからは……
『生まれたいと願われたからには、私は全力で応えた』
私が凪のために全力で応えたのに対して、凪もまた私に全力で応えてくれたのだと思っている。
だから、どんなに恥ずかしい設定と思っていても見逃さずに拾ってくれる。
……凪は私よりも私に正直なんだから」
「そうかもしれない。さじ加減を見誤って不快な思いさせることがあるかもしれない。だが覚えておいて欲しい。俺は世界で一番、一葉のことが大切で好きなんだ。最初に鉛筆で書かれた瞬間から、俺は愛されていた。ありがとう。完成させてくれて」
耳元でささやいてくれた凪に私も応えてあげないと思った。
額と額をくっつけて私もささやいた。
「私も凪のことが世界で一番大切で好き」
私たちはお互いに「好き」という言葉をささやき合って、ぴったりと隣り合って眠りについた。
翌日から
全ての再設定を終えるには一か月を要した。
これで
住まいは和風な木造の平屋に、生垣が周りを取り囲んでいる。
庭には凪が氷造形をするのに困らないように、新しく池を掘った。
平屋の周囲だけは、この世界に来た時と以上の状況をやっと取り戻した。
縁側で朝食の納豆ご飯を食べ、味噌汁すすりながら私は思案していた。
「私たち、ようやくスタートラインに立ったね」
隣に座っていた凪は頷いた。
「そうだな。ここからは一葉が作ったことのないものを作ることになる。一葉の中であやふやなイメージは俺の中でも、やはりあやふやだ。一緒に模索していこう」
今思えば、寝泊りしているこの平屋すらも仮住まいだ。
私が凪に用意したいのは平安貴族が暮らしていた寝殿造の大豪邸だ。
崖を背にして庭園の代わりに滝が流れているような水に満ちた風景をなんとなくイメージしていた。
「まずは絵で描いてみて……それから小さいジオラマを作って確認して……そして本番ね!」
「楽しそうで何よりだ。一つ気がかりなことがあるが……気付いているか? 俺が廃墟を薙ぎ払って作った平地の端が徐々に浸食されている。廃墟が迫りつつある」
「もちろん気付いているわ。なんだっけ、世界を愛する者ジョンだっけ? いいじゃない。要は世界の取り合いっていう勝負でしょ。人類の集合知たる生成AIが相手だって負けないから」
世界を愛する者ジョンにとって私の創ろうとしている世界は異物以外の何物でもないのは承知している。
私が他人に「凪を調整させて」と言われても絶対に認めないのと同じように、亡者のさまようダークファンタジーな世界もジョンにとっては愛するものに変わりない。
いつか争いになるかもしれない。
それは浸食に気付いた時から予期していた。
ピグマリオンもダ・ヴィンチも、私の熱意を尊重して接してくれていた。
でも、それは好きがぶつからないものだからだと思う。
私とジョンでは創ろうとしているものがぶつかる。
果たして分かり合えるのかどうか……。
「もし、ジョンが一葉に危害を加えるようなら俺は斬ってでも止める」
「それだけは、だめだよ。きっと後悔が残る。ピグマリオン王も言ってたでしょう? この世界は愛の強さがモノを言う世界だって……私たちがしなくちゃいけないのは戦いの準備ではなく作品を作ることだよ」
「作品への愛で勝つんだな」
「そう……だから負けられないね」
私は創り手だ。
ジョンだって、この世界に呼ばれたからには作品への愛は本物のはず。
同じ創り手として私は尊重する。
例えそれが生成AIという道具で作られたものであっても。
ダ・ヴィンチが3DCGで創られた凪を見た時に「面白い」と寛容に凪を見てくれたように。私も寛容でありたい。
生成AIには世にある様々な絵を学習として取り込まなくてはならない。
無断で絵を学習に使われることを忌避するクリエイターも多かった。
生成AIはそうした負の側面を持っていることはわかっている。
悪用した事例だっていくつも耳にした。
それでも本気で自分の表現のために使う人は現れると思っていた。
使う道具と手段に囚われない表現の先にある情熱を、私は同志として感じたい。
私がこの世界に来たばかりの殺風景な平原よりも、廃墟ばかりの退廃とした世界の方が少なくとも情熱を感じることができる。
情熱を感じるのは私が、生前にプレイしたゲームの再現の可能性を最近になって考え始めているから。
それだったら、分かり合えるかもしれない。
私たちは愛したものを創りたいと手を動かした同志なのだから。
転生したCGクリエイターは異世界でウチの子と新しい人生を夢見る 桔山 海 @as_keito_kkym
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