EX《観測者》
――■ 観測(Route."Observer")
宙空に投影された映像の中で未だ孵化していなかったために名前すら与えられなかった魔王が息絶えていた。
「聖剣による魔王の殺害を確認。勇者テリオンの勝利を確認しました――……8347534533号勇魔闘争の観測を終了します」
瞬間――ぱつん、と映像が消え、乳白色の壁だけがそこには残る。
しばらくの沈黙の後、声が発せられる。
「皆さん、お疲れ様でした。それでは後始末を」
乳白色の巨大な部屋の中央で、背に四枚の翼を背負い、光輪を頭に浮かべた女が周囲に浮かぶ光球に向けて命令を出していた。
「天使様、この世界はどうしますか?」
光球――小天使の問いに背に翼を背負った女は命じることで答える。
「観測は終了しました。この世界ではもう魔王は発生しません。世界内の時間加速処理をして終了措置をしてください」
女は名前をスチールハウルアウトといった。
天使スチールハウルアウト。聖剣セレス・カラサワが生きていた世界である乙女世界『アグダーズバラメリア』担当の天使だった。
そんな天使は周囲に存在する小天使たちに次々と命令を与えつつ、今回の観測の終了を関係各所に宣言していく。
そうして小天使たちによって乙女世界『アグダーズバラメリア』は一億年ほど内部時間が加速され、崩壊していった。
崩壊したあとはリソースの回収が行われ、また新しい世界が生成されるのだ。
そして新しい世界での
それが天使たちが創生の者から与えられた役割だった。
「しかし、まさか勇者が勝つとは」
小天使たちの作業を横目に天使スチールハウルアウトは呟く。驚きしかその表情にはない。
名もなき魔王。卵の魔王だったが、恐ろしい相手だった。
悪魔側が用意した魔王は悪魔たちが設定している魔王の強さランキングにてTier1に該当する構成の魔王だった。
Tier1となれば簡単に生成できるような魔王ではない。
環境や世界設定などの要素があって初めてその構成を選択できるような難しい構成の魔王だ。
だが、今回の観測ではそれら全てが理想的に揃っていた。あの魔王は最高のパフォーマンスを発揮していた。
天使側が用意した勇者たちは最後の一人を除いて悉く敗北。魔王を発見できても、魔王を殺すことができず寿命によって死亡していった。
今回、世界殺しが発動する前に勇者テリオンが勝利できたのは奇跡でしかなかったのだ。
「とにもかくにも、卵型というのが厄介でしたね」
報告書を見ながら天使は呟く。乙女世界『アグダーズバラメリア』では魔王の発生から観測を開始し、1000年ほど観測は続けられてきた。
魔王のデータはしっかりと頭に入っている。しかし勝因をはっきりさせるために彼女は改めて今回の観測レポートを見ながら思考する。
今回の戦い、どうして勇者側が勝てたのか。彼女にもわからなかったからだ。
「卵型魔王は、その性能がとにかく低い……」
卵型魔王がその本領を発揮できるのは孵化が終わってからだ。しかし魔王の孵化までは時間がかかる。
そしてその間に勇者はいくらでも自分の強化のために行動できるので、卵型の魔王というのは本来デメリットの塊で選ぶべき魔王ではない。今回のような環境でもなければ悪魔側も選択しないような魔王だった。
特に最大のデメリットは孵化するまでは魔王が真なる魔剣の入手ができない点だろう。
卵型は潜伏能力が高いため、魔剣も合流することが困難になる。
孵化待ちの間に魔剣がどこかで殺され、魔王と合流できない危険性が高すぎるのだ。
当然ながら魔王の手元以外で魔剣が死んだ場合、高確率で魔剣の入手は不可能になる。
それは聖剣も魔剣も死にやすいように、弱い生命体が選ばれるよう天使も悪魔も調整しているからだ。
ゆえに聖剣も魔剣も勇者や魔王の傍以外で死んだ場合、破壊されてそのまま消失することが多い。
そして魔剣が手に入らなければ魔王は高確率で敗北する。世界殺しの権能の増幅ができず、中途半端にしか発動ができないからだ。
もちろん卵型は孵化したあとの強さが強力なために世界は半壊するだろうが、今までの観測結果だと、それゆえに発生する必然の悲劇で強化されるだろう勇者側の勝ちになることが多かった。
「しかし、Tier1タイプの魔王は双子を卵の内に秘めることで魔剣の獲得を確実にできる」
先程の世界で魔王となっていた者も、双子を宿した卵だった。
もちろんそのような都合の良い魔王を生み出すためには相応のデメリットを――例えば肉体が半分しかないとか、寿命が一時間しかないとか――悪魔側は設定しているのだろうが、魔王が孵化した瞬間に世界は魔王によって殺されるのだ。魔王の寿命など最悪、五分しかなくとも悪魔側は問題がない。
「それに、涙も悲劇も十分以上に作り出すことができるから魔剣の完成も容易ね」
卵という閉じた世界であるなら、必然として内部で片方は死ぬように設定することも簡単だ。確実に魔剣は魔王の手に渡る。
その魔剣も、生命としての形を為す前に死ぬために、それは形を為すことができない。
ぐずぐずに腐ったきょうだい――魔剣の体液に包まれて魔王は孵化を待つことに成るのだ。
魔剣もまた聖剣と同じく涙とともに産まれ、悲劇によって鍛えられる。
きょうだいの死骸に包まれて、知恵なき魔王は本能で悲しみ、慟哭し続けることだろう。
ゆえにあの聖剣があの魔王を殺したときには魔剣は完璧に、完全に、完成していた。
「だから孵化すれば……孵化できれば、あの魔王は必ず勝利できた」
世界殺し『孵化待つ絶望』は魔王が卵から孵化した瞬間に発動し、世界そのものを生物が生存できない環境に改変する世界殺しだった。
もちろん勇者の魔王殺しが魔王の殻を破壊するだけに比べ、魔王の世界殺しがそれだけ強力になれるのは理由がある。
卵型魔王は孵化までの時間が長ければ長いほど、世界殺しを強力にすることができるのだ。
聖剣を持った勇者と遭遇すれば一撃で殺されるリスクを代価にした、強力な成長バフ。
それが1000年分だ。魔王の世界殺しが世界を殺すに余りあるものになるのは当然だった。
「あの世界殺しを止められる魔王殺しは存在しない。ゆえに、勇者の権能は魔王を殺すだけのものになった。それしか選べなかった」
魔王の発生を観測すれば天使側は勇者を選定できる。
勇者に与えられる権能や才能などは天使がそこで設定できるのだ。
もちろん魔王に対する特効効果を持つ権能を持つ以上、勇者の性能は魔王よりも抑えなければならない。
そうでなければゲームに――観測にならないからだ。
卵型魔王が有利なのはそういう点で、聖剣を持った状態で遭遇できれば必ず殺せる魔王相手だと勇者の性能は相応に低くしなければならない。
様々なルールを全て守ると、そういうことになってしまうのだ。
だから、今回の天使が組めた勇者の構成は定番のものだった。
卵型魔王は活動した瞬間に世界が終わるので、魔王を発見するために、魔王感知能力の高い複数の世代の勇者の用意。これは孵化時間が長いことがわかっているから選べる選択だ。
周囲の生物を取り込んですぐに強くなるような魔王の場合は、一代限りの強力な勇者などを天使は用意することが多い。
そして複数世代も重要だが魔王を探せるだけの知恵と肉体、それと寿命を持つ生命体の選定。
その際、会えば殺せると言っても会えなければダメなので最低限の知能は必須なことから勇者の種族は人間が選ばれることが多くなる。
とはいえ、これらの要素を全て選んでしまえば勇者選定に使えるリソースも残りが少なくなる。
ゆえに真なる聖剣が持つ権能の増幅効果は魔王を殺せる最低限しか与えることができなくなる。
もっとも代用聖剣のある世界や勇者の餌となるダンジョンが発生する世界の場合は、魔王にもある程度の自衛能力は与えられることになっている。
その結果が勇者単独では魔王を弱らせることができても、真なる聖剣がなければ絶対に殺せない不壊の殻だ。
なので、あの世界では真なる聖剣と勇者が出会わなければ絶対に魔王は殺せないことになってしまっていた。
Tier1とはそういうことだ。代用聖剣がいくらあろうが、真なる聖剣でないと絶対に殺せない構成。
「ゆえに魔王が
魔王の
対する勇者は魔王を積極的に探索し、殺すためと魔王を殺したあとに魔王堕ちしないために
中立の勇者は選べない。使命の重さに耐えきれず逃げる危険性が高まるからだ。
しかし悪では必ず魔王を殺したあと、勇者は魔王となる。なってしまう。
――勇者は、魔王になる。
それは勇者の魂と魔王の魂が、本来一つだった魂を分割したものだからだ。
ゆえに魔王がいる間こそ勇者は勇者として振る舞えるが、魔王を殺すことで勇者が魔王の魂を取り込み、完全になった場合、属性が傾けば、勇者は簡単に魔王堕ちする。
そうなれば天使たちは再び一つの魂を分割し、新しい勇者を発生させなければならず……結果として観測は終わることがないし、その場合は高確率で魔王が勝利して世界が滅ぶ。
だから天使が悪魔に勝利するのなら、
――だが、それゆえに勇者は必ず敗北する。
運命操作には運命操作でしか対抗できないのだ。
あの魔王に与えられた能力は最低限しかなかった。だがその最低限は悪魔たちが長年の観測で導き出した、計算された最低限なのだ。
あの魔王は真なる勇者と真なる聖剣が出会えないよう運命を操作していた。
魔王は卵の状態でそれだけを全力で行い、そしてそれは完全に達成された。
聖剣は勇者と出逢えば運命的な感覚で相手を勇者と判断し、本能的に忠誠を捧げるが、会えなければそれで終わりだ。
聖剣は一度死ねば聖剣として覚醒することができるが、悲劇ではなく寿命で死ねば、聖剣としての覚醒はない。リソースを使い切った生命として、ただ死ぬだけになってしまう。
「そう……だから、今回も勇者が敗北すると思っていたけれど」
理想のTier1構成の魔王だ。勇者が必ず負ける相手だった。天使スチールハウルアウトはそう思っていたから、期待せずに最初に設定した通りに進んでいく世界を見ていただけだった。
最後の勇者であるテリオンが登場するまで三人もの勇者を天使は放ったが、どれも真なる聖剣と出会えずに異世界から召喚された代用聖剣を用いて魔王を弱らせるだけに終わってしまった。
最後の勇者にも望みは持たなかった。四人目となれば使えるリソースはほとんどなく、最悪の聖剣を引いてしまったからだ。
「
最後の聖剣は、乙女世界『アグダーズバラメリア』における最上位貴族である公爵級貴族の直系血統だった。
千を超える固有魔法を体内に宿し、息を吐くだけで凡夫ならば殺せるぐらいの超人。
単体戦力でなら最強だっただろう。だがあれは、聖剣としては欠陥しかないものだった。
真なる聖剣とは、悲劇によって生まれ、涙によって鍛えられるものだ。
「聖剣は
公爵級貴族ともなれば、相当に運が悪くなければ寿命以外では死なない。死ねない。あれが死ぬためには溶岩に飲み込まれながら雷に連続で十度は打たれるような、そういう運の悪さが必要だった。
最悪の聖剣とはそういう意味だ。
そもそもあれは聖剣になれない聖剣だった。
「でも……なぜか、死んだ」
虐げられていた化け物は聖剣になった。もっともそれだけだった。魔王が全力で運命を操作していたのだ。勇者と聖剣は出会えず、今回の観測でも勇者は敗北するはずだった。
それがなぜか聖剣は勇者とほとんど顔も合わせずに、魔王を殺した。殺せてしまった。
奇跡的な確率でしか完成できない、ハルイド型聖剣の本領を発揮した。
勇者の権能を借り受けた聖剣が戦い、魔王を殺した。
「そういう勇者もいないわけではなかったけれど……」
あそこまで完璧に勇者に興味のない聖剣が勝利するのは、天使として長く務めているスチールハウルアウトとしても初めて得られた観測結果だった。
「愛の概念を得た結果……なのかしらね」
アギト・カラサワ自体は
しかしそのチンピラの愛で聖剣は魔王を殺すためにその性能の全てを費やした。
もちろん、その結果として人間は多く死んだだろう。
だが、魔王が孵化すればその瞬間にその世界の生命は潰えていたのだ。人も、亜人も、動物も、モンスターも、神でさえも。
世界殺しとはそういう権能であるがゆえに。
天使スチールハウルアウトは功罪を判断する立場にないが、結果として聖剣が関わった結果死んだ人間の数は、あの世界で魔王が死んだあとに生まれた総生命数の1%にも満たない数である。
「混沌にして悪の属性であっても、聖剣じゃあそんなものなのよね」
あれにはもともと殺すための機能はそこまで搭載されていない。
真の邪悪ならば、もっと多くの人間を殺せたことだろう。
「もっとも、本当にどうでもいいことだけれども……」
そんな上司の呟きを、小天使たちは世界を終わらせる作業をしながら聞くのだった。
――Route.out"Observer"
ドアマットヒロインが頑張って幸せになる話 止流うず @uzu0007
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