ペルシャの姫奇譚ーとおりゃんせ

山谷灘尾

第1話 ペルシャの姫奇譚ーとおりゃんせ

通りゃんせ 通りゃんせ


ここはどこの 細道じゃ


天神さまの 細道じゃ


ちっと通して 下しゃんせ


御用のないもの 通しゃせぬ


この子の七つの お祝いに


お札を納めに まいります


行きはよいよい 帰りはこわい


こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ


ソナが書いた歌に、土佐守は驚いた。


「これはもしや文時殿がお書きになった物語

と繋がっておるのかな」


ソナは答えた。


「その通りです」



色白で彫りが深く、小袖を着ているだけでも

他の姫より神々しく見える。

吐噶喇トカラ、ペルシャの血を引いている。



遡ること5代、トカラの姫が天武帝に仕える

ためやって来て、美しさに見惚れた貴族たちが

次次に貢物を持って来て婚約を迫った。


人の良い下級貴族に嫁いだ姫の孫もまた、権勢を誇る藤原氏の貴族たちに求婚された。そして数世代。


「だから私は、土佐に来たのです。藤原にだけは

嫁ぎたくないと。子孫は全てトカラへ帰ったことにして。

文時様がそうお書きになったのです。


あの物語で竹から出て来た姫はくらもちの皇子

即ち、藤原の公卿を最後に拒否する」


「そうじゃ、文時殿の御祖父が酷い目に遭ったものよ、我も平家ゆえ、藤原には抑えられて来たからのう」


菅原文時、文章博士。祖父の名を菅原道真という。


土佐守は続けた。


「昌泰の変の折、右大臣であった道真公は政敵藤原時平に讒言され、

失脚し、太宰府に
流罪となり、失意の裡に逝去された。


その後、時平が事故により死亡、

そして幾星霜、御所清涼殿に落雷し、

祈祷中の多くの貴族が逝去した。


これは道真公の怨霊がなせる業との風説が朝廷内で
巻き起こり、北野天満宮に神として祀られる。


落雷から、道真公が神になられるまで7年。


7つのお祝い というのは藤原の公卿の所業じゃな。」


「そうでございます」


ソナは伏目がちに微笑みながら返した。


「七年経って神になられたことで、もう呪いは解けたと思うておる藤原の関白でございます」


「ところが行きは良いけれで帰りは難しくなるやも知れぬとな。道真公は忘れまいぞ、と警告しておるのであろう」


ソナは無言で微笑みながら頷く。


「土佐守様 次に上洛なさる折、この仮名書きを文字の読める都の童にお渡しくださいまし。辻辻でこれをみんなで歌えと仰って」


「あいわかった。我に任せよ。見事な散らし書きじゃ。小野道風殿にも劣らぬ連綿よ」

「恐れ入ります。」

「無事のお帰りをお待ちしております、この光明神にお願い致しますゆえ」


ソナは小さな螺鈿の厨子を開けて中の女神に祈った。


扉には五芒星。


内部の女神は赤子を胸に抱き、微かに微笑んでいた。


終わり








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ペルシャの姫奇譚ーとおりゃんせ 山谷灘尾 @yamayanadao1

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