オレは生きのこる。ただそれだけのこと。

梶野カメムシ

Lastman Standing……?


 霧むせぶ海辺のコンテナ街──それが今日のオレたちの戦場だ。

 夜を徹した死闘は、払暁とともに終章を迎えた。

 生き残るのはオレか、それともヤツか。

 朝日の下に影を残せるのは、ただ一人だ。


 コンテナに貼り付き、周囲に気配がないことを確認すると、オレは愛銃の弾倉を振り出した。専用の、木製グリップの回転式リボルバー。装弾数ではヤツの自動式オートマに劣るが、後れを取ったことは一度もない。何よりというあり方が、オレの信ずるものに近しい。に相応しい相棒だ。


 懐から取り出した平箱パッケージの弾丸はあと6発。元は30発あったが、これで打ち止めだった。5発を弾倉に挿し込み、最後の1つを唇に押し込む。


 ヤツに支給される弾丸は29発。何故かは知らないがそうなっている。命がけの闘いに公平を求めるほど素人うぶじゃない。これはただの自己満足。ヤツとの完全決着を望む、くだらない我儘エゴだ。


 舌先で転がした弾丸は、極上の味がした。

 アドレナリンとともに闘志が湧いてくる。

 今こそ、長き戦いの歴史に幕を下ろす時だ。


 手首スナップ一つで弾倉を振り戻し、銃を構え直したオレは、改めて周囲の気配を探った。


 海からコンテナ街に流れ込んだもやは、夜通しオレたちを翻弄した。霧の銀幕スクリーンに浮かぶ亡霊ゴーストに、どれだけ無駄弾を使ったことか。敵の銃声を狙う作戦も互いに戦果なく、神経を擦り減らすばかりだった。


 その亡霊が今、朝日を浴びて消え去ろうとしている。コンテナ街を覆っていた夜霧は晴れ、もはやあちこちに雲塊を残すばかり。ようやく訪れた好機――おそらくヤツも待ち焦がれたはずだ。


 そんなオレの思考に乗じるように、左のコンテナからヤツが飛び出した。三つ揃いのスーツに真面目眼鏡。銀行員のような見た目通り、計算高い戦いをする。認めたくないが、オレに伍する凄腕だ。


 タ、タン!

 軽やかな銃声を前に、オレは身を投じた。

 スーツの右腕を銃弾が掠める。防弾仕様だが、ヤツの弾丸も普通じゃない。衝撃が痺れとなり右手を走る。だが問題ない。オレの利き腕は左だ。


「!!」

 銃撃の間断にヤツの躊躇ためらいが見える。オレが飛び込んだのは、車サイズの雲塊だった。当然、ヤツの奇襲を想定した位置取りだ。雲の中で前転し、飛び出すと同時に照星ねらいを定める。


 ガァン! 頬を張るような音と衝撃を残し、弾丸がヤツに追い縋る。だが敵もさるもの。飛び出た勢いのまま道路を渡り、右のコンテナの影に滑り込む。反撃のフォローまで計算した動きだ。


 ヤツは潜伏ハイド射撃シュートが天才的に上手い。

 コンテナの角を挟んだ対峙も好機と見るだろう。

 だが――その自信が命取りだ。

 

 オレは腰だめから、必殺の切り札を切った。

 片手で撃鉄を叩く扇ぎファニング撃ちショット。命中度外視の連射から曲芸ショースキルと揶揄される技だが、オレに限っては例外だ。 


 撃ち込んだ初弾が、コンテナの壁を貫いた。

 二発目がその穴を抜け、もう一枚の壁を破る。

 角を成す二枚の壁の穴を、三発目が通過する。

 銃を手に待ち構える、ヤツの胸ぐらに到達する。


 ここまで一瞬──鉄を貫くの弾芯と、針穴を通すオレの精密射撃あればこその攻略だ。


 コンテナの向こうから、ヤツの呻きが聞こえた。

 手応えあり。やはり想定した立ち位置だった。ドンピシャなら御陀仏のはずだが、油断は禁物。撃ち抜いた角へ銃を向け、ヤツの気配をうかがう。

 

 現れたやつの体が、どさりと地に倒れ、オレは詰めた息を漏らした。

 それが油断だった。気付くのが遅れたのだ。

 地に伏せた奴の銃口が、蛇のようにオレに向く。

 まさかの寝転びカウチ射ちスタイル。完全に虚を突かれた。


 タン、タン!

 銃声と同時に、右肩と側頭部を熱い痛みが襲う。あの姿勢では流石に狙いが甘くなる。即死の急所こそ免れたが、不味い。頭を掠められたのは不味い。


 ヤツの弾丸はを弾芯に持つ特別製だ。口中でほろほろと崩れる柔らかさは、防弾スーツを無視して衝撃を浸透させる。貫通力重視のオレと真逆の設計思想だ。


 そんな弾丸が頭を掠めれば、どうなるか。

 致命でなくとも脳震盪のうしんとうは確定だ。

 視界は混濁し、上下の感覚が消え失せる。

 気付けば、アスファルトを舐めていた。

 ヤツの足音が近づいて来る。声が聞こえる。


「──まさか」

 その言葉に、間一髪で間に合ったと知った。

 向き合った二つの銃口。その向こうで青ざめたヤツの顔。がむしゃらに構えた銃がかろうじてヤツを捉え、オレを救ったらしい。のカウチスタイルだ。


 オレはゆっくりと起き上がった。

 意識は途切れず、視界も回復していく──しかし何故?


「……さてはですか。

 《山》の人間らしい浅ましさですね」

 ヤツに言われ、合点がいった。

 アドレナリンの覚醒効果だ。どうやらオレは、に救われたらしい。


「おまえこそ、なんで生きてやがる。

 弾丸は胸にブチ込んだはずだ」

 オレに問われ、ヤツが懐を探る。

 取り出したのは、弾丸の刺さった平箱パッケージだった。緑で描かれた不倶戴天のに虫唾が走る。こいつも神に救われたというわけだ。オレに言わせればだが。


 膠着を解いたのは、一本の着信だった。

「「が来る?」」

 オレとヤツは目を合わせた。ワイヤレスホンの連絡は同じ内容らしい。アルフォートは新参だが、あなどれないだ。


「……手を組みませんか? あなたは凄腕だ。

 私たち二人なら、アルフォートが相手でも」

《里》らしい戯言ざれごとだな」

 オレは取り出した平箱を、ヤツに突きつける。

に賭けて、協力は有り得ねえ。

 やるなら競争だ……どちらが先にヤツを倒すか」


 ヤツが笑い、オレが笑った。

 同時に引いた銃が、ホルスターに戻る。

 二つの平箱パッケージが消滅し、オレたちはきびすを返した。

 新たな戦場には、新たな弾薬が用意されている。


 ――誰が相手だろうが関係ない。

 オレは生る。ただそれとだ。

 

 

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オレは生きのこる。ただそれだけのこと。 梶野カメムシ @kamemushi_kazino

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