俺とあの子と変体娘

@ayukofo

俺とあの子と変体娘

 「俺」はフリーの映像スタッフをしている。職種は雑用制作部25歳の男である。朝は4時に起きてスタッフキャストのために冷たいお茶を作って熱いコーヒーを沸かす。

5時には10人乗りのバンを新宿西口、郵便局前の道に路駐して先発スタッフの到着を待つ。集まれば5時半には現場へ出発。到着すれば撮影現場へスタッフを誘導、支度場を組んで食事と飲み物の準備をしているうちにメインスタッフが集まる。そこからは延々と粛々と撮影が進行し、全てが終わってスタッフを新宿へ送って家に変えれば日付が変わっている。そして同じ朝が来る。


 「あの子」もフリーの映像スタッフ。職種はメイク部23歳。朝5時15分にはバンに乗り込み「おはようございます」と笑顔を向けてくれる。撮影現場に到着して支度場を広げれば、どんな場所でも「ありがとうございます」と笑顔を向けてくれる。朝食を渡せば「ありがとうございます」昼食のゴミを捨てる時に目が合えば「美味しかったです」新宿駅に帰りつけば「お疲れ様でした」映画のクランクアップまであと2ヶ月。あの子の笑顔が俺の救いだ。


 「変体娘」と出会ったのは俺が小学生の時だった。確か5年生だったか?転入してきた変体娘はごく普通の可愛らしい女の子の姿をしていた。可愛らしさから転入当初は人気を博していた変体娘だったが、言葉の舌足らずさとヘニョヘニョした笑い方から不思議ちゃん扱いをされ、段々と「オモシロ」枠へと追いやられていた。その頃図書館の虫だった俺は休み時間の度に図書室へ入り浸っていた。愛読書は少年少女SF文庫。片っ端から読んでいた。そんな俺の横に、変体娘はいつもニュルりと座っていた。

 正直に言えば好きだった。だが悲しいかな小学生男子は女子の好意を素直に受け取らない。女にモテる=調子に乗る。調子に乗ってるのはダサいからだ。

 それに俺には好きな子がいた。屈託のない明るい笑顔のその子と放課後のベランダで将来を語らった10分間は世界が黄金色に見えたものだ。

 「転校生なんて好きじゃねーし!」

その一言がきっかけで、校舎裏に変体娘を呼び出した。

近くの茂みには男子数人が隠れていく末を見ている。

男として、変体娘をキッパリと拒絶するのだ。それが小学生男子が平穏無事に生活を送る唯一の道なのだ。

 「お前なんて     

好きなじゃねーからと言おうとした。声が出なかった。

ここまで変体娘の変体たる所以が語られなかったが、ここにきてようやくである。

変体した。俺が好きなあの子に。

叫び声を上げた男子達が茂みから飛び出す。一目散に走り去っていく。

先生を呼ぶのか?友達を呼ぶのか?分からない。

分からないなか、俺は変体娘を抱きしめた。クチュりと湿った音がした。


それから先はよく覚えていないが、予想していた騒ぎは起きずに家に帰った気がする。それから変体娘は一度も登校せずに転校して行った。



その変体娘が、だ。25歳の俺の家のドアの前の廊下に体育座りで座っていた。

階段のないアパートの3階。俺の好きなグラビアアイドルの顔で、芋ジャージ。


人目を気にした俺は変体娘を家に入れた。来客なんて想定していない、ペットボトルの散乱した部屋。もちろん」応接の机もない。ので2人揃ってベッドに座る。

「あの……どうして来たの?ああいや、嫌がってるわけじゃないんだけど」

ジッ……と目を覗き込んでくる変体娘。

「どう?」

「どうって?」

「いいでしょ。好きでしょ。触りたいでしょ」

「ダメだって!そんな許可も取ってないのに!」

「?いいって言ってるのに」

「いやあなたのじゃなくて持ち主というか」

「許可が取れてればいいの?」

「それはまあ……」

ベッドから立ち上がる変体娘。どこへいくのか、目で追うと玄関へと向かう。

思わず駆け寄る。

「許可をとりにいくの」

「取らなくていい」

ベッドの淵にまた座る。

気がつけばもう2時になっていた。

寝るから好きにしてと変体娘に言い残して俺はベッドに倒れ込む。携帯電話のアラームを3時半、3時45分、4時ちょうどにセットする。

当然のように変体娘も横に潜り込んでくる。

疑問は山ほどあったが朝が近い。眠らなければ事故を起こす。


3時半のアラームで目を覚まし、3時45分のアラームで体をよじり、4時のアラームでベッドから抜け出す。変体娘がスライムのように伸びた腕を俺の全身に絡み付けていたのを少しずつ剥がしていく。

ジョグ2本分のお茶が完成してポット一杯のコーヒーが完成した頃、変体娘が目を覚ましているのに気がつく。もう4時55分だ。

「行って来ます」

「行ってっしゃい」

始めた交わしたくせに馴染み深いやり取りをして俺は家を出た。


エナジードリンク、タバコ、ガム、ミントのフリスク。あらゆる手段で目を覚まし続けて無事にルーティンを終えた。

今日も無事故無違反。

家に帰れば変体娘がいる。

「おかりなさい」

いや、あのメイクのあの子がいた。

息がつまる。なんで?あの変体娘だってことは分かる。

分かるが理解したくない。

ドアを閉めて鍵をかける。

ベッドに腰掛ければ隣に変体娘も座る。

手を近づけると握られる。

肩を寄せればもたれてくる。

顔を寄せれば唇がくっついた。


夜が朝になった頃。ベッドは液体まみれ、変体娘も俺も一糸纏わぬローション雑巾だった。

アラームなんてかけていない。

壁掛け時計の短針は6時を指していた。

工作のモーターかハツカネズミのスピードに追われて服をかき集めて家を飛びだす。

携帯電話の着信履歴は見ない。

集合場所にはスタッフが勢揃いしていた。

罵声と労いの言葉を受けて1日が始まる。

あの子の顔は一度も見なかった。いや、姿を見なかった。誰も気にしなかった。俺だけが気にしていた。

1日の撮影が終わる。

新宿駅から家までの帰路、小学校の時好きだったあの子。それから会ったっけと思う。

思い出せない。


あのグラビアアイドルの子は?

YouTubeで検索してもGoogleで検索しても名前が出てこない。


家につけば。あの子が迎えてくれる。

「お疲れ様でした」




終わり





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