第八十九話 露見

 ヘンデル伯爵家は長兄であるスミスが爵位を継いでいる。

 貴族の家に生まれても、長男以外は剣士や魔術師として身を立てなければならず財産ももらえない。

 実家に寄生しながらふらふらと生きていき、上級貴族の友人に養ってもらったりする者もいる。才覚のある者はさらに上級貴族への婿入りをして、元の実家よりも上の爵位を手に入れる者もいる。


 スミス・ヘンデルは長兄に生まれただけで爵位を継いだが、魔法の才には恵まれなかった。

 性癖が特殊で快楽と贅沢を好み、その為に領民に重い税を課した。ヘンデル伯爵領は貧困に喘いでいたが伯爵夫妻はそれには興味もなく、ただ自分達が楽しく暮らせればよかった。

 フレデリックは怠け物でふらふらと生きていたし、ローガン、エリオットの父親もキツネ狩りの最中に馬から落下して死んだ。

 ただフェルナンデスだけは魔法の才と逞しい体躯に恵まれ、さらに野心を持つ男だった。

 騎士団で魔法の剣技を駆使し活躍した彼は兄弟の中で唯一出世をし、公爵家へ婿入りを果たした。

 しかしフェルナンデスが正義の心に溢れた素晴らしい騎士であるわけではない。

 彼もまたヘンデル伯爵家の一員として、利己的で傲慢な人間だった。

 ただ他の兄弟よりは頭が働くというだけで、その本質は何ら変わらなかった。



 公爵家紋入りのフェルナンデス叔父の馬車を見送ってからマルクは屋敷の裏へ回った。

 ため息をつきつつ小屋の扉を開けた。

 ソフィアには伯爵夫妻は馬小屋住まいを言いつけられていた。

 しかし、実際には厩舎の隣に増築した小屋に夫妻を住まわせている。

 これはマルクが使用人に命じて作らせた物だ。

 厩舎とは隣り合っているし小屋ではあるが、清潔で新しい住まい。

 ベッドも暖炉も、身体を洗う風呂場も作ってあり、食事は三度屋敷から運んでいる。

 ミニキッチンも作らせたので、お茶を飲んだりする分には不自由しない。

 それでもいくら新築とはいえ貴族だった二人には屈辱的な小屋でしかない。

 しかしマーガレット夫人はもう意識が遠い世界に行っており、飲食はするがつきっきりで世話をしなければならない。

 伯爵の方はソフィア憎しの気持ちだけで意識を保っているが、何せ四肢がソフィアに切断されているのだ。日がな一日ベッドで横になるか、椅子に座ってぼーっとするしかない。

「マルク様」

 マーガレット夫人に昼食を食べさせようとしていたフランが振り返った。

「父上、母上の様子はどうだい?」

「あまり召し上がられませんわ。そろそろ寒くなって参りますし、この小屋の薄い壁ではとても暖を取るのは……お屋敷に戻る事は出来ませんか?」

 フランの言葉にマルクは腕組みをして首を傾げた。

「ソフィアが何て言うか……父上や母上を生かしているのは慈悲なんかじゃないんだぞ? 少しでも長く苦しめる為だ。本来なら馬小屋で住まわせる所をこうやって小屋を新しく建ててるのにも何も言わないが、きっと怒ってると思う。でもこんな姿にされた父上と母上を馬小屋で暮らさせるなんて俺にはとても出来ない……」

 フランはマルクを見直していた。

 マルクは成績も悪く、勉強も出来ず、魔力もないに等しい男なので、伯爵の唯一の男児でなければ、とても伯爵家に身を置いておくことは叶わなかった。

 卑屈で引きこもりで、気に入りのメイドを側に置いて食うか寝るかだけの毎日だったが、今では伯爵家の跡継ぎとして愚鈍ながらも動いている。

 ソフィアの怒りを恐ろしいと知りながらも、伯爵夫妻に少しでも温情をかけてやっている。日に一度は顔を見に来て、少しでも安らげるように果物や菓子を両親に与えていた。  

「でも一度、ソフィアに頼んでみようと思うよ。まあ、怒られるだけだろうけどね」

「マルク様、ご立派になられましたね。旦那様の事を気にかけて、あのソフィア様に意見出来るなんて」

 とフランが言った。

「いやいやいや……意見なんて出来ないよ。恐ろしい……ケイトなんてすっかり怯えて、食事にも顔を出さない。出来るだけ早くオルボン家へ嫁がせろって、文句だけ俺に言って来てさ……」

 マルクはため息をついた。

「フラン、今日は天気もいいし、二人を庭で散歩でも……」

 と言いかけた時、バタン!とドアが開いた。

「フェ……フェルナンデス叔父上……」

 振り返ったマルクの顔が真っ青になった。


「兄上……まさか、このような姿に……」

 フェルナンデスは小屋へ入り伯爵夫妻を見て、そして鬼の形相でマルクを振り返った。

「マルク! 兄上が私に何の相談もせずに急に家督の引退をするなどおかしいと感じていたのだ! お前が何かやましいことを隠してるのも分かっていたのだぞ! これはどういう事か! お前は自らが伯爵となる為に実の両親を虐待し監禁したのか!」

「い、いえ、滅相もありません!」

 そう言うマルクを押しのけ、フェルナンデスは兄のベッドに駆け寄った。

 兄のスミスはぼんやりとしていたが、フェルナンデスの顔を見て、みるみるうちに涙が溢れてきた。

「フェ……ルナンデス……」

「一体、誰がこのような!」

「ソフィア……」

「ソフィア? あのメイドが生んだ娘?」

「そうだ……あれは……魔物だ……た、助けて……フェルナンデス……」

 スミスは両腕のない身体を必死で弟の方へ寄せようとした。

 膝から下の両足もなく、もぞもぞと動く虫のようだった。

 フェルナンデスはスミスを見て、それからマーガレット夫人も見た。

 マーガレットは夫人はフェルナンデスを見ても何の反応もしなかった。

 痩せ細った身体にぼんやりと虚ろな目。

 贅沢を好み、あらゆる宝石やドレスで着飾っていた頃の見る影もない。

 フェルナンデスの巨体がワナワナと震え握った拳で床をどん!と殴りつけた。

 それだけで小屋は揺れた。

「マルク、全部話してもらうぞ。お前もソフィアの仲間ならそれ相応の処罰を受ける事になるぞ!」

 フェルナンデスが咆吼し、マルクはへなへなと腰を抜かして床に座り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺人鬼転生 鏖の令嬢 竜月 @kasai325

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ