第八十八話 マルクと叔父上
「叔父上、何とおっしゃいました?」
マルクの声が震えている。
ヘンデル伯爵家の貴人を迎える広間で、マルクはフェルナンデス公爵と対峙していた。
急な来訪で慌てふためくマルク。
ソフィアやローガンは学院へ行っているし、ケイトもナイト・デ・オルボンと出かけると朝食の席で言っていたので、屋敷にはマルクしかいなかった。
両親はまだ領地で静養中という事にしてあり、今はマルクは嫡男として大公閣下を迎えなければならなかった。血族とはいえ相手は公爵家へ婿入りし手腕を発揮、今や国王の信任も厚いという噂だ。弟のヘンデル伯爵やフレデリック叔父をあんな目に遭わせたのが知れたら、伯爵家は取り潰しになるのは明白。いくら言い訳してもソフィアを止められなかった自分もケイトも身一つで追い出されるくらいですめばまし、その大刀で真っ二つにされるかもしれない。
すでに死亡したのなら、不慮の事故でしたと大公閣下に言い訳もつくが、あんな風に廃人にして生かしておくなんて見つかったらどうするんだ、とマルクは自分が生きた心地がしなかった。大公閣下は剣技も優れているが魔術も使えて、さらに魔法と剣を合わせた戦い方をすると噂もある。馬小屋にいる両親を気取られませんように、とマルクは全身に汗をかいていた。
「何度も言わせるな、ファルコの第一子、ローガンを王太子様のお抱え魔術師にする」
「ローガンをですか?」
「そうだ。王太子殿下直々にお声を頂いたのだ。光栄だと思え」
マルクは口ごもった。
目の前のフェルナンデスは大きくて頑丈そうだった。
血族と同じく金髪に碧眼、しかしそれは優美とはかけ離れている。
醜くはないが、意志の強さを示す硬く引き締まった表情。
見るからに軍人という風貌だった。
若くして騎士団入りし、頭角を現し団長まで登り詰めている。
戦では負け知らず、どんな魔獣相手でも怯むこともない。
真面目、学ぶ事に熱心で剣を磨くのも魔力を鍛錬する努力を厭わなかった。
ヘンデル家にしてはまともな人間で、長兄よりも家督を継ぐに相応しいと周囲の見方だったが、自ら騎士団へ進み家を出た。
功績が認められレインディング公爵の次女と結婚し、ヘンデル家よりも高位の貴族になった。狭量なヘンデル伯爵はそれを嫉み、親交はほぼ断絶していた。
「ロ、ローガンは魔術師としての力量を認められ、学院卒業後は魔法庁へ進む事が内定していますが」
「それは聞いているが、取り消しておいた」
「え、そんな。ローガンの意志も聞かずにですか」
フェルナンデスはじろっとマルクを見た。
その視線だけで、マルクは縮みあがってしまう。
「お前の意見は聞いていない。兄上がまだ領地から戻らないから、お前に用件だけを伝えただけだ。兄上には使者を出す。お前もローガンに伝えておけ。いいな」
「は、はい」
マルクにはうなずくしかなかった。
早く帰ってくれないかな、ローガンに用があるなら、彼を呼び出せばいいのに、そんな事を考えていた。
「それから、お前、フレデリックを知らないか?」
「え?」
「連絡が取れないのだ。あやつはあちこちふらふらと旅をしていたが、最近こちらへ戻ったと聞いてる。しかしどこへも姿を見せない。ここへは顔を出したか? 兄上がフレデリックの浪費を嫌うから、ここへはあまり来ないようだが、それでも何か知らないか?」
フェルナンデスの言葉はマルクに燻製肉を思い出させた。
「ウグッ……」
こみ上げる吐き気をマルクは必死で押さえた。
「どうした?」
「いえ、申し訳ありません……フレデリック叔父様には久しくお会いしておりません。隣国へ行ったのでは、という噂を耳にした事はありますが」
「ほう、噂ね。お前は屋敷に引きこもっていると聞いたが、噂話をする相手がいるのだな」
とフェルナンデスが言い、マルクは青くなった。
「い、いえ、父上がそんな事をおっしゃっていたような気がしたような……」
「そうか、ナタリーの訃報は気の毒だが、兄上もいつまでも領地に引っ込んでないで、こちらに戻ってこなくては、オルボン家の嫡男とケイトも婚約すると聞いたぞ?」
「ああ、はい、そうですね」
「ケイトは侯爵夫人、ローガンは王太子殿下付きの魔術師、ヘンデル家も大出世だな」
「フェルナンデス叔父様に続き、皆が活躍してくれて、ぼ、私も嬉しいです」
汗をかきながらマルクは言ったが、彼にしてはよく言えた言葉だった。
フェルナンデスはそんなマルクをじっと見つめた。
「お前も兄上から領地経営などを学んで、次期伯爵として努力するのだぞ?」
「はい、叔父上、ありがとございます」
フェルナンデスが帰った後、マルクは自室で毛布にくるまって震えた。
「恐ろしい……ソフィアの事が知れたらどうなるんだ? 叔父上に全てを打ち明けるか? でもそれで、叔父上がソフィアに負けたら? 一体、どうすればいいんだ……」
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