第八十七話 悪魔
「スライムが雑食って漫画で読んだけどマジか。人間も喰うんだ」
ぶよぶよした半透明の生物が上級生達を生きたまま囓っているのを見てソフィアが笑った。
喰うというよりも唾液のような物を出して溶かしている。
溶かしながら啜っているようだった。
他には頭に角の生えた小さいハムスターのようなもよもよした生物。
ふわふわが何百も集まって来て上級生の身体にびっしり張り付き、毛皮を着たようになっている。
みるみるうちに血が流れ出し痛みで暴れ回る上級生から、一匹も振り落とされる事なくガジガジと肉を囓っている。
そんな角鼠達をひょいと鷲づかみにしては次々に喰うマイア。
「え、お前がそいつらを喰うのかよ」
とソフィアが突っ込んだ。
「何百喰っても腹の足しにはならないっすけどねぇ」
と鳥頭のマイアが言った。
獣型のメアリは上級生の身体をポキンポキンと折って喰らい、あとは頭の残った胴体だけになっていた。まだかすかに息はありそうだが瞳は虚ろで正気は失っており、もう悲鳴も上げる事もない。
背後から嘔吐く音がしてソフィアは振り返った。
木の陰にうずくまり、ローラが吐いていた。
視線を感じて、ローラは顔を上げてハンカチで口元をぬぐった。
「大丈夫?」
とソフィアが聞くと、ローラは怯えたような顔でビクッと身を震わせた。
「どうして……」
「は?」
「どうしてそんな酷い事するの?」
とローラが震える声で言った。
上級生達は悲鳴も嗚咽も出し尽くし命の炎は消えていた。
ビクンビクンと動いているのはただの反射だ。
肉は残らず食い荒らされ、骨をカリコリと囓る音も聞こえてくる。
「どうして……」
瞳に涙を一杯溜めて、ローラが言った。
ソフィアはマイアとメアリを振り返った。
「ねえ、彼女、もしかして、どうしてそんな酷い事をするのかって言った? あたしの聞き違い?」
「いえ、ソフィア様、その人間は確かにそう言いました」
ソフィアは酷く驚いたような顔をして、ローラとメアリを何度も見返した。
「ローラ、お前、さっきこいつらにぶん殴られてたじゃん? あたしが来なきゃ、お前の身体で遊んでやろうかって言われてなかった?? 害虫を退治してやったのに、「虫さん、可哀想!」って、頭悪すぎんだろ!」
ローラはびくっとなったが、それでも、
「命まで……奪わなくても」
と言い返した。
「アハハハハ!」
とソフィアが笑った。そして、ぱっと真顔に戻り、ローラを睨みつけた。
その顔は怒りと憎しみしかなかった。
「え?」
「あんたは自分が虐める側だったから知らないのは無理もない。虐られる側ってのはな、例え虐める相手が惨めに死んでも、腹の底から救われるなんて事はないんだ。何だったら地獄の底まで追いかけてってやり返しても足りねえくらいだ。覚えとけ!」
ソフィアは低く唸るような声でそう言い、それからにやっと笑った。
「あんただって弱いからあんな奴らに媚び売ってんだろう? 力がないからいわれのない暴力で虐げられても我慢するしかないんだろ? 力があったらあんたに理不尽を強いる同級生を皆殺しにしたいだろう? 貴族階級が上ってだけで、あんたを虫けらみたいに扱う奴らをさぁ!」
ローラはさらに大粒の涙を流し、うっうっうと泣き出した。
「あなたは……悪魔なの」
と言った。
「悪魔? そんなご立派なもんじゃない。あたしはただの殺人鬼さ。おまえらは自分の手で自分の首を狩る執行人を育ててしまったのさ。以前のソフィアに優しくしてやれとは言わないが、そこまで虐める必要はあったのかよ? 上級貴族の言いつけを言い訳にしてお前らは弱い人間を踏みつけるのを楽しんだ。それが自分の身に返ってきただけだ。でも心配すんな、ローラ、あんたは殺さない。前に言ってたよな? 三十も上のジジイの婚約者がいるって、結婚式にはぜひ招待して? お祝い持って駆けつけるから。十やそこらのメスガキに欲情するエロジジイに可愛がってもらえよ!」
ソフィアはあっはっはと笑い、ローラは唇を噛みしめた。
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