第八十六話 ダンジョンの森
「何だ、お前」
ソフィアを訝しげに見る上級生三人。
彼らは学院内では成績も素行も悪い生徒だった。
貴族階級だがローラと同じく男爵、子爵の三男、四男で、家を継ぐ事はない。
彼らは民の為とか国の為ではなく、自分の楽しみの為だけに魔法を振るい魔物を倒す下卑た人種でもあった。
どれだけ敵を倒したか、どれだけの威力の魔法を使えるか、だけが目的だった。
その為には誰が犠牲になろうとも平気で、仲間を裏切ってでも自分だけは助かる事を平気でやる人間だった。
魔力も剣技もそこそこあり、悪知恵が効き、人を恫喝し慣れていた。
本人らが望んでも聖騎士団にはとても推薦は無理だった。
行く末は市井に出て乱暴な冒険者になるだろう、と皆が予想していた。
今は学院内での規則があり、教師達の目も厳しいのでこうやってダンジョンの森へ来ては仲間とサボったり、魔物を虐め殺すことが楽しみだ。
そして彼らはソフィアを虐め慣れてもいた。
ソフィアに関しては学院内の誰がどう虐めても何の問題にもならなかったからだ。
生徒総会長のケイトが黙認しているのだから、
ソフィアを気の毒に思う人間も学院内には存在したが、かばうと自分も標的になる為に見てみない振りをする。
ソフィアは彼らをじっと見つめてから、
「あー、マジ苛つく。なんでこんな奴らに虐められてメソメソしてたんだ? あたしが一番腹が立つのは、意気地なしのソフィアだよ!」
と吐き出すように言った。
「全部覚えてっからな、お前らのやった事」
その時にはソフィアの手にはメラメラと燃える炎が沸きだしていた。
「は? なんだ? ちょっとばかし魔法が使えるようになったからって仕返しに来たのか? お嬢ちゃんよぉ!」
彼らはソフィアを見下した。
なにせソフィアはまだ8歳だ。
これまで満足に栄養を取れていないかった為、痩せて華奢な身体。
同学年のローラよりも一回り小さい。
力では絶対敵わず魔法も持たない小さなソフィアは、これまでは虐めが過ぎるまで目を閉じて身体をぎゅっと縮めているしかなかった。
「分かるよ。黙って虐められてたらすぐに終わるって思ってたんだろ? 抵抗しても無駄だってな。力もないし、魔力もなかったもんな。でも、一回くらい抗議したのかよ! こいつらじゃなくても、あのクソ女のケイトに抵抗した事あんのか! あー腹立つ!」
「ソフィア……」
ソフィアはローラの方へ振り返り、
「お前もだ。さっき、こいつらにソフィアには手を出すなって忠告したよな。あたしがこいつらをやった後に、自分に回ってくるかもと怯えてんだよな? ああ、もちろんお前もだ。鏖さ」
と睨みつけた。
「なんだてめぇ!」
と一人目が腰の剣を抜いてソフィアに切りかかってきた瞬間、ソフィアは手の平を相手に向けた。瞬間、飛び出す火の弾。
それは小さな火の弾だったが相手の胸を貫き、そのまま数メートル飛んで大木の胴体にも穴を開けた。
「え、え」
もちろん胸を貫かれては死しかなく、残りの二人は戦意を喪失した。
授業でも見た事のない高濃度の魔力とそれを駆使した炎の魔法。
炎の初級魔法の炎爆よりも凄まじく高度な魔法だった。
「な、なんでお前みたいな奴隷がそんな高度な魔法が使えるんだ……」
剣は持ったままだが、身体はガタガタと震えている。
震えながらでも、
「奴隷のくせに!」
とソフィアを傷つける。
「いいね、ほら、お前らも闇魔法が使えるんだってな? 偶然だな、あたしもだ」
とソフィアが言い、小さく呪文を唱えた。
途端に噴き出す紫色の瘴気。
禍々しいその瘴気が二人を包んだだけで、目は大きく見開き、呼吸が止まる。
ピクピクと身体を痙攣させて、その場に蹲る二人。
「さすがにさー、この闇魔法は習得するのちょっとあたしも苦労したよ。使えるつったって、なかなか手強いね。気を抜きゃ、魂持ってかれそうになる。お前らもそれだけのものを持ってんだよな? 楽しいねぇ、さあどっちかが死ぬまでやろうぜ!」
ソフィアは楽しそうにそう言ったが二人は地面をのたうち回りながら、
「タスケテー」
と言った。
「はあ?」
「ゆ、許して……下さい……」
「お願い……」
紫色の瘴気は二人の身体を覆い包み、ギリギリと身体を締め付けていく。
「前から思ってたけどさぁ、下級生を虐めて、反撃されりゃあ泣いて謝って、そんなんで世界を守れるの? 大公閣下の元で闇魔法剣士になるんだろ? 無理じゃねえ? なあ、どう思う?」
とソフィアはローラを振り返った。
「え」
ローラはびくっと身体を震わせた。
「こっちの世界来てから、なんか、正義に溢れた人間を見た事ないんだけど。クズばっかりじゃん。あたしも人の事は言えないクズだけどさ」
あはははとソフィアが笑った。
「マイア! メアリ! 来てんだろ? お前らいつもあたしやローガンにくっついてきて、授業中はこの森で遊んでんの知ってんだぞ」
ソフィアが怒鳴ると枯葉が積もった地面から頭が二つ、にょきっと生えてきた。
それは牙を剥いた大きな黒い犬の頭と、鋭い嘴を持った鳥の頭だった。
「お呼びですか? ソフィア様」
「え、なんだよ本性剥きだしかよ。ま、いいや、いつかさぁ、すげぇ職人技みたいなのやったじゃん? 生きながら喰われるやつ。あれやって欲しいんだけど。最後まで心臓残しといてな。こいつらのバックに大公閣下がいるらしいからプレゼントしてやんよ」
「ゲ! いいんですかぁ? そんなあからさまに喧嘩を仕掛けて、またローガン様に怒られますよ」
と鳥頭のマイアが言った。
「そうですよ。大公閣下はヘンデル伯爵の弟かもしれませんが、助けになど来ないでしょうよ。ヘンデル家は貴族界では評判が悪いらしいですからね。何もこちらから知らせる必要もないですよ。まあ、頂けるなら頂きますけどね」
とメアリも言い、闇魔法の瘴気に襲われている二人の人間を見た。
「旨そうだ」
大型獣のメアリがべろんべろんと人間の肌を舐めてから腕をコキンと噛みちぎった。
それを大事そうに前足で抱えて骨を楽しむ犬の様に噛んだり舐めたりした。
もちろん人間は絶叫を上げてから、痛みに泣き震えた。
鳥型のマイアはバサッと翼を広げてから身震いし、「キョエェェェ」と鳴いた。
辺りの茂みからわらわらと現れる小型で弱い魔物達。
ダンジョンの森で飼われ、人間の剣や魔法の的にされるためだけの存在。
彼らは知能も低くただ森をうろつくだけで、人間が敵だと意識もない。
殺される仲間を遠目に見て、自らは逃げるだけだ。
死にきれずにキュウキュウと鳴きながら事切れる仲間を見つけるのもざらだ。
何もしてやれないし、何をしようとも考えない。
ただ人間がここへ来れば仲間が減っていく。
そして最近ちょくちょくとダンジョンの森に遊びにくる自分達より絶対的に強い魔物が言った。
「人間はお前達を殺す。お前達も人間を喰ってやればいい!」
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