第八十五話 闇の騎士団


「あ、レイラを置いて来ちゃった、ま、いっか」

 ソフィアは小走りに中庭を抜けて行った。

 魔法学院の敷地は広大で各学年の教室、教師、職員用の部屋だけでも城ほどの大きさであり、そして別棟に寄宿の塔、庭や演習場、地下迷路に演習用のダンジョンの森、古代遺跡の名残など、一つの都市ほどの広さがあった。

 隅々まで歩くには遠すぎるし、卒業までに敷地内の全てを見る生徒は少ない。

 ソフィアは学院内の事はよく知っていた。

 虐めの為にあちこちへ連れだされ放置されたりしたからだ。

 ソフィアはダンジョンの森の方へ歩いた。

  演習用のダンジョンの森では生徒が自主的に練習に入ってるが、学院内のダンジョンなので危険な魔物は出ない。 

 ほんの初級のスライムだとか、骨鼠だとかを飼い慣らしてある。

 魔法の練習にそれらを退治するが元は野生の魔物なので、毒もあれば噛みついてくる事もある。被害はたいした事はない。

 それらを倒し、万が一怪我をしても治癒魔法で癒やす事を学ぶのだった。

 しかし授業で使う以外には素行不良の生徒もサボりに使っていた。

 ストレス発散の為に魔物達を虐めにくる生徒もいた。

 ダンジョン内は学院が管理し一定の魔物を飼っているので、あまり急激に数を減らすのは御法度だが、いくらでも魔物を倒しても良かった。


「ダンジョン、ダンジョン」

 とソフィアはダンジョンの森の中へ入って行った。

 いろいろと考える事があるからだ。

 屋敷にいればローガンが魔法を使うなと口うるさいし、逆にエリオットとワルドは面白がって殺戮を推奨している風にも見える。しかし力関係で言えばローガンが強く、ふたりとも表立ってローガンに逆らう事はしない。


「これからどうすっかな。大公閣下とやらが仇討ちに出張ってくるの待つか? 皇太子とハウエル姉妹と遊ぶのも面白そうなんだけど、ぶっちゃけあいつらって、な……ん?」

 テクテクと森の中を歩きながらぶつぶつと呟いていたソフィアだが、ダンジョン入り口近くに数人の生徒がいるのに気が付いた。

「ローラじゃん」

 クラスメイトのローラはナタリーの手下でソフィアを虐めていたが、今ではすっかり影をひそめていた。男爵家は貴族の中では底辺で辺境の地主が手柄を立てた際に賜るくらいの階級だった。そして子孫がその爵位を継承していくので、地方では領主様と敬われるが、国の中枢では何の発言力もない。

 ローラもナタリーがいなければ、順位的には一般生徒だった。

 数人の上級生がローラに向かっており、ローラは俯いて震えていた。

「奴隷を連れてこいって言ったよな? 何一人で来てんだ?」

「……」

「さっさとここへ連れて来い。俺らが可愛がってやるから」

「それは……」

 ローラはソフィアの魔法で我が身に起こった悲劇を忘れていなかった。

 そしてキャンプレッスンの時の闇に蠢く者達が彼女に膝をついて敬ったあの姿。

 ソフィアの凄まじい魔力と彼女が従える者達。

 目をつけられたら簡単に死に誘われる。

 虐めなどという生易しい物ではなく確実な死だ。

「もうやめて下さい、ソフィアに手を出さないで、危険です」

「はあ? 何が危険なんだ? ああ、あの奴隷の従兄弟達のヘンデル兄弟か? 確かに最近、あの奴隷を庇うような言動を見せてるが、所詮、伯爵家だろ? 俺らには皇太子殿下がついてるんだぞ? ヘンデルだろうが関係ねえな。あの奴隷を殺してしまっても咎められる事はないんだぞ? 何せ俺達には殿下とそしてあの大公閣下が後ろ盾なんだからな」

 上級生は自信満々で答えた。 

「大公閣下って……シェインデル公爵家のフェルナンデス様ですか?」

「そうさ、俺達は魔法学院を卒業したら大公閣下直属の魔法剣士に任命される予定なんだ。殿下のお口利きでな」

「直属の魔法剣士? 魔法学院を卒業しても聖騎士になる為にはさらに厳しい試験があって何年も費やす人もいるとか。卒業後すぐに大公閣下直属だなんて、そんな事を軽々しく言っていいんですか?」

「は! 聖騎士? あんな甘ちゃん達の集まりが何だってんだ? 聖なる騎士? それなら俺達はフェルナンデス様直属の闇の騎士団だ。フェルナンデス様の闇魔法は凄いぞ。あの方についていけば国の中枢に入るのは簡単、やがては俺達が国を動かす存在になるのさ!」

 上級生は意気揚々と言い、ローラは恐ろしさで震えて言葉が出なかった。

「で、でも」

「うるさい! お前も逆らうなら今日から奴隷に格下げだぞ!」

 上級生はそう言ってローラの顔を力任せに殴った。

 悲鳴と共にローラが枯葉の中に倒れた。

「今すぐあの奴隷を連れてこいよ。でないとお前の身体で遊ぶ事になるぞ?」

 ニヤニヤとしながら上級生達がローラを見下ろした。


「バカが」

 と言いながらソフィアは会話をしている者達の方へ歩み寄った。

「ソフィア」

 ローラが目を大きく見開いた。

 上級生達はぴゅーっと口笛を鳴らした。 

「なんだよ、自分から虐められに来たのかよ、奴隷がよ」

 ソフィアはローラを見た。

「何、あたし呼ばれてたの? 遠慮しないで誘ってくれたらいいのに、ローラ」

 ローラを見下ろしながら、ソフィアが悪い顔で笑った。

「ソ、ソフィア……この先輩達には手を出さない方が……」

「あー、聞いた、皇太子と大公閣下がバックにいるってやつでしょ。くっだらねえ。皇太子はともかく、大公閣下がこんなガキどもを本気で手元に置くわけねえだろ。使い捨ての駒に決まってんじゃん」

 とソフィアは鼻で笑った。

「貴様! フェルナンデス様を愚弄するな! あの方は!」

「お前ら、知らないの? 大公閣下はヘンデル家出身なんだぞ? このあたしの叔父様さ。お前らこそ、あたしに手を出してタダで済むと思ってんのか? ああ?」

「し、知ってるんだぞ! ソフィア、お前はヘンデル家の奴隷だ! 伯爵家でもずっと邪魔者だったろ! だからフェルナンデス様だってお前を認めやしない、ギャ!」

 ソフィアの放った稲妻が上級生達に直撃した。

 身体中を雷が走り、上級生達は膝をついた。

「お、お前、雷魔法を? 嘘だ、魔力ゼロだったはず……」

「お前ら闇の騎士団つったな? 闇魔法使えるって事か? 面白い。あたしとどっちが強いかやろうぜ」

 とソフィアが楽しそうに言った。


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