(七)

 夏の御渡の日、神社は朝から忙しくしていた。

 茅の枠くぐりや参拝に訪れた人々で境内は混み、拝殿も授与所も行列だった。

 夏祭も同日に行われ、そこで街に出る神輿の準備も進めねばならない。

 都の守護神が本殿に籠り、礼拝の儀式を行う中、穂藍は雑務に追われていた。

 参拝客の案内をしたり、御守や御札を補充したりと、やるべき事は山ほどあった。

 ずっと忙しくしている穂藍を見て、晃䋝が声をかける。

「穂藍様、少し休憩いたしませんか」

 疲れが出ていた穂藍は、その言葉を有難く受け取った。

 社務所の裏の段差に座り、二人は一息つく。

「すみません、行事の日は忙しいでしょう」

「はい」

 晃䋝に訊かれ、穂藍はうなずく。

 朝からあちこち動き回り、まだ昼過ぎだと言うのに、身体が怠かった。

「少し、ここでお休みください」

「ありがとうございます」

 晃䋝が空を見上げる。

「おお、いらっしゃいましたね」

 穂藍がつられて見ると、深紅の大きな鳥が、神社の真上を通過していくところだった。夏を象徴する神の姿は荘厳で、その首元には、翡翠の勾玉が光っている。

「探し物を見つけなければ、今年の夏は来なかったかもしれませんな」

 晃䋝が苦笑する。

「見つかって良かったです」

 穂藍も苦笑いを返す。あの神は、なんて大切なものを失くしていたのだろう。もし、そのまま見つからなかったらと思うと、冷や汗が出る。本当に、見つかって良かった。

「晃䋝さん」

「何でしょう」

「都って、忙しいところですね」

 今日に限った話ではなく、毎日何かがある感じだ。付喪神が訪ねてきたり、貧乏神が家を探していたり、夏の神が失くし物をしていたり。いろいろな事があって、休まる暇がない。

「でも、楽しいです」

 穂藍にとって、都での生活はとても新鮮なものだった。たくさんの人と会い、神と関わり、新しい事も覚えた。村にいた時には考えられなかったような経験をし、知らなかった事を知り、何より守護神に愛されている。

(守護神様に嫁いで、本当に良かった)

 穂藍は心からそう思った。

 夏の神が、空の向こうに飛んでいく。

 穂藍が、都の守護神に嫁いで二月。

 今年も夏が、やってきた。

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神嫁穂藍 橘 泉弥 @bluespring

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