第21話 処分明け、いざ祓魔へ!
――ルーカス様の祓魔師資格停止処分が下されてから一ヶ月。ようやく今日、処分が明けた。
「今日からまた祓魔に行けますね!」
「えらくやる気だな? そんなに囮になりたいのか?」
「そういうわけでは……。ただ、私のせいで一ヶ月もの間、後継選任戦に参加できなかったわけですし。その分たくさん役に立とうとは思っています!」
ルーカス様に意地悪なことを言われるが、私は真面目に答える。
この一ヶ月、祓魔できない=私は何の役にも立ててないということなのだが、そんな私をルーカス様はいろんな場所に連れて行ってくれた。
そのうち一週間くらいは少し遠出もして湖の近くにある別荘に泊まったりもして、すごく楽しい思い出ができた。
……と、いうことで。
私ばかり良い思いをしてしまったことに少しの罪悪感があるため、資格停止処分が明けたら今度は私がルーカス様のために頑張ろうと決めていたのだ。
「いつでもどこでも、準備はできてますから!」
「ふっ。頼もしい囮だな」
「任せてください!」
ルーカス様には笑われたが、私は至って真剣だ。
今度は私が囮として頑張る番。
ふん、と鼻息が少し荒くなりながら、私は気合を入れ直す。
そんな私たちの会話を聞いて、ブラウとロルフも近寄ってきた。
『今日はどこ行くの?』
『まち? まちいく?』
ロルフは先日、街で白い毛並みの美しいお姉さん犬に出会ってから彼女の虜になってしまったようで。
ことあるごとに街に行きたがる。
そして、どこに行くかはルーカス様が決めるので、私からは何も言えない。
「……どうします?」
「メリナも街に行きたいのか?」
ルーカス様に今日の行き先を聞いたところ、聞き返されてしまった。
「私ですか? うーん……」
悩んでいると、下からキラキラお目々のロルフが期待の眼差しビームを送ってきてしまった。
『いきたいよね? 主様、いきたいよね?』
……これは、行くしか……。
正直私自身はどこでも良いという考えなのだが、ロルフがこんなに可愛い顔で行きたいとせがんでくるなら仕方ない。
「ま、街に行きましょう! 行きたいです!」
「じゃあそうしよう。祓魔は適当に、人気のない街外れの路地ででもするか」
「そうですね!」
『わーい!』
ルーカス様の決定を聞いて、ロルフが床をぴょんぴょんと飛び跳ねている。
よかったよかった。
……それからすぐ、私たちは街へ出掛けた。
街では、露店で串焼きを買って食べてみたり、ルーカス様がスタスタと歩いて入っていった高級ブティックでいきなり私のドレスのオーダーを始めたりと、慌てる場面もありながら楽しい一日を過ごせた。
そして午後になると、祓魔の時間がやってきた。
めいっぱい楽しんだ後は、しっかり勤めを果たさなければ。
「……では、行きます」
「ブラウ、ロルフ。メリナのことを守るんだぞ?」
『分かってる!』
『はーい』
みんなの準備ができたことを確認して、私はゆっくりと指輪を外す。
ルーカス様は右手に祓魔具の剣を構えて、妖艶な緑炎を纏わせる。
そして、どこからともなく誘き出された悪魔たちを、華麗な剣さばきで祓っていったのだった。
「……よし、今日はこんなもんかな」
「はい」
今日の成果は小物十体程度。
ルーカス様に合図され、私はまた指輪をはめて、引き寄せ体質を押さえ込む。
これ以上悪魔が出てこないことをしっかり確認してから、私はルーカス様は労いの言葉をかけた。
「お疲れ様でした」
「ああ。一ヶ月ぶりだが、体は鈍っていないようだ。この調子なら、近いうちにまたヨナス兄上たちを追い抜けるな」
「それは良かったです」
一ヶ月の資格停止処分中、後継選任戦の順位には動きがあった。
以前まで二位につけていたヨナス様が、ルーカス様を抜いて一位になったのだ。それともう一人、分家の一人も二位まで浮上してきたらしく、ルーカス様は三位まで落ちてしまった。
だが、一ヶ月祓魔ポイントが稼げなかったので当然と言えば当然で、元から順位が落ちることも予想の範囲内だったので特段焦ることもない。
今日久々に祓魔してその感覚を思い出したルーカス様は改めて、また自分が一位になる未来をしっかりと思い描けたらしい。
「さすが、この国一番の天才祓魔師様ですね」
「何だそれは」
「この前テルマに教えてもらったんです。ルーカス様は間違いなくこの国一番の天才祓魔師様だって。中には『最強の祓魔師様』と呼ぶ者もいるとか?」
「……二つ名は『緑炎』だけで十分なんだがな」
直接天才や最強などと誉めそやされると、若干気恥ずかしいのだろうか。
ルーカス様はぶつぶつとそんなことを言う。
……でも本当に、ルーカス様はすごいわ。
一ヶ月の停止処分を受けても体が鈍っていないのは、彼が日々の鍛錬を怠らなかったからだ。
異能や家門に恵まれたからだけで公爵様の後継になれる訳がない。
……彼は、努力を惜しまない人。
陰ながら努力をして、決してその努力を外には見せないそんな人。
だからこそ、側から見れば彼は『天才』で『最強』。
そんな彼の隣にいるのが表向きは『無能』な私。
なぜ彼が私なんかと結婚したのか?
そう聞かれれば、答えは簡単。
……私を囮に使うため。
悪魔を引き寄せる体質を持つ私は、手っ取り早く祓魔ポイントを稼ぎたい彼にとっては最高の餌だから。
………………だったんだけど。
気のせいよね?
最近のルーカス様が私に向ける視線が、前とは違う気がする。
たまに意地悪な笑みを浮かべるところは変わらないけど、前よりも優しい笑顔を見ることが増えたような?
それに、過保護レベルも上がっているし。
前までは彼の侍従さんや私の侍女に聞いていたであろう私の一日の出来事を、なぜか私へ直接聞きにくるようになった。
彼が仕事や鍛錬で私から離れていた日は、毎晩根掘り葉掘り、今日は何をしていたのかを聞かれるのだ。
ただこれは、私が変なことをしていないか心配しているのだと思う。また資格停止処分になってもいけないから、彼自ら厳重に、私に目を光らせているのだろう。まあそうは言っても、毎度毎度質問が細かくて答えるのも大変な日々ではあったが。
私がブラウたちとした他愛のない会話も、彼は幸せそうに笑った顔で聞いているので、こちらも頑張って答えていた。
そして、そんな彼を見ていると、万に一つ……いいえ、億に一つの可能性としてあることが頭をよぎるけれど。
でもそれは、あり得ない。
……ええ、そうよ。あり得ないわ。ルーカス様が私を…………好き、とかそんなこと。あり得ないわよね? あれはテルマが勘違いしているだけで……。
恋愛のことは恋愛小説でしか知らない。
そんな私が、ルーカス様に想われているのでは? なんて、考えるだけで自意識過剰にも程がある。
……私は囮よ、メリナ。
無能な私が最強祓魔師様と呼ばれる彼の妻になった理由は、言うまでもなく囮のため。
自分で自分に言い聞かせる。
今も昔もこの先も。
それ以外の理由なんてきっとないわ。
「メリナ。次また行きたいところを考えておいてくれ。どこへでも連れて行ってやるから遠慮はするな」
「……はい」
また、抜群に美麗な笑顔をこちらに向けて言っている。
……うん。それ以外の理由なんてない……わよね?
――そうして、どこか胸にザワつきを覚えながら帰路に着いた。
後継選任戦終了まであと五ヶ月。
お屋敷に向かって走る馬車の中。
折り返しを迎えた戦いとルーカス様との結婚生活が、あと五ヶ月で終わってしまうことに少しの寂しさを覚えつつ、私はただ呆然と、落ちてゆく夕日を眺めていたのだった。
無能令嬢の私が、最強祓魔師の妻になった理由。(言うまでもなく【囮】です) 香月深亜 @mia1311
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