第20話 自覚した恋心 ※ルーカス視点
「ごきげんよう、ルーカス様」
メリナに会いに来たという分家の令嬢テルマが、帰る前に俺のところは挨拶に来た。
「ああお前か。メリナとはゆっくり話せたのか?」
「……ええ。それはもう」
少しだけ空いた間が気にかかるが、テルマは笑顔でそう答えた。
「奥様とは友達になりましたわ。これからも時々、お話に伺わせていただくかと思います」
……友達? メリナとこの女が?
メリナには今まで友達なんて一人もいなかったはず。まさかその第一号にテルマがなるとは思っていなかった。
何せ性格が正反対なのだから。
見た目からして気の強そうなテルマと、普段はブラウたちと戯れてのほほんとしているメリナ。
……話が合うとは思えないのだが?
「大丈夫ですわルーカス様。悪いようには致しませんから」
おほほ、と笑う姿が気味悪い。
何かを企んでいるようにしか見えない。
「何も企んでいないと?」
「企むなんて。純粋に奥様とお友達になりたかったのです」
「嘘をつけ。お前は公爵夫人の座を狙っているのだろう? メリナは邪魔なはずだ」
「まあ、夫人の座を諦めたのかと聞かれたら答えに困りますけれど」
問い詰めたらあっさりと認めたので、俺は「ほらみろ」と食い気味で答えた。
「悪いが、俺はもうメリナを妻に迎えたのだ。公爵夫人の座は諦めて――」
「ですが、奥様はその座を望んでおられないですよね?」
言葉を被せられたこともそうだが、テルマに言われたことも聞き捨てならない。
思わずピクリと眉毛が動いてしまった。
「……それは、メリナから聞いたのか?」
「はい」
テルマは満面の笑みを浮かべて、話を続けてきた。
「奥様が望んでないなら、希望はあるのではありませんか? 例えば……ルーカス様が選任戦で勝利したら、公爵夫人には不向きな彼女と離婚して新しい奥様を公爵夫人として迎える、とか」
……この女、どこまで知っている?
メリナは話したのか?
俺たちが後継選任戦の間だけの契約結婚だと。
いや、メリナに限ってそれはない。
話したとしても公になった体質のことくらいのはず。
そして多分この女は、俺がメリナの体質を買って結婚しただけだから、選任戦さえ終われば簡単に離婚できると思っている。……そんなところか。
テルマの魂胆を察した俺は、フッと片側の口角を上げて笑顔で返答する。
「悪いが、俺はメリナ以外を妻に迎えるつもりはない」
俺の答えが予想外だったのか、テルマは豆鉄砲をくらった鳩のような顔をした。
「分かったらもう帰れ。妻の友達になることは認めるが、俺の妻になろうなどという不毛な考えは捨るように」
……ここまで言えば、さすがに諦め――。
「嫌です」
「は?」
今度はこちらが豆鉄砲をくらってしまった。
あれだけきっぱり断ったのにまだ食い下がるとは。
「後継選任戦の終了まであと半年ありますもの。あと半年であなたの意見を変えればいいだけですよね?」
「なっ……」
「あるいは、奥様が公爵夫人にはなりたくないと公の場で口にするか。そうすればあなたは引くしかなくなって、夫人の座に空きが出ますよね? ……うん。そっちの方が早いかもしれませんね」
「おい。メリナに変なことを吹き込んだら――」
「ご心配なく。脅迫とかそういった汚いことは致しません。ただ、奥様が自分の意思でそうしたいと思われたら、迷わず背中を押しますが」
メリナの背中を押すだけだと言われたら、何も言い返せない。
俺だって、メリナの意見は尊重したい。
だが、俺の側から離れることだけは、許せないのだ。
だって…………。
「…………本当に好いていらっしゃるんですね。彼女のこと」
そう言ったテルマは、俺の顔を見て複雑そうな顔をしていた。
そして俺は、その質問に対して真剣に答える。
「…………ああ」
きちんと頷き、強い意思を伝える。
……最近ずっと考えていたのだ。
メリナと一緒にいると感じる不思議な感情が何なのか。
笑顔を見ると嬉しくなってもっといろんな外の景色を見せたくなったり、かと思えば、彼女を悲しませる奴がいると腹が立ったり。
極め付けは、先日のフィデリオとのやりとりだ。
奴が俺の許可なくメリナに触れたりするから、柄にもなく苛立ってしまった。
だがその感情に対して、奴に「嫉妬」していると言われたことで自分の中で腑に落ちたのだ。
――俺はメリナを好きになってしまったのだと。
囮としてしか見ていなかったのに、いつの間にかそんな感情を抱いてしまった。
……だが、あと半年。
この結婚は、あと半年しか一緒にいられない期間限定のもの。
けれどそんな未来は迎えたくない。
まあ、馬車の中でそれとなく、選任戦の後も一緒にいて欲しいと言ったところ見事玉砕したわけだが。
それでも俺は、諦めるつもりなんてない。
あと半年でメリナにも俺と同じ気持ちになってもらえばいいだけなのだから。
「……でも、ルーカス様もこれから頑張るのですよね? でしたら私も同じ期間、頑張っても良いはずでは?」
「不毛だぞ?」
「やってみなければ分からないかと」
これだけ言っても意思を曲げない根性はすごい。
なるほど、自分こそ公爵夫人に相応しいと推してくるだけのことはあるか。
こうなっては仕方ない。
こちらもメリナを半年の間に振り向かせようとしているのだから、同じだけ頑張りたいという彼女を折れさせるのは無理だろう。
「…………なら好きにしろ」
今回は俺が折れることにした。
テルマは俺に向かって「ありがとうございます」と満足そうな笑みを浮かべて言ったのだった。
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