第19話 噛み合わない会話と、初めての友達

 祓魔師協会からの帰り道、馬車の中は静かだった。

 ルーカス様と向かい合って座っているのだが、会話が無いのだ。

 心なしか、彼は何かを考え込んでいるように見えるため、私からも声を掛けられないでいる。


「……メリナ」


 あと少しでアデナウアー家に到着しようというところで、ルーカス様に名前を呼ばれた。


「はい」

「…………体質のこと、調べたいか?」


 ……? それをずっと考えていたの?

 あ、あれかな?

 センター長さんにはああ言ったものの、このことを調べられる人を探すのは難しいとかそういう?


 だとしたら、無理して調べたいとは思わない。


「私は別に……。センター長さんにあんなことを言われたので少し怖いですけど、今のところ身体に何かあるわけでもないですし」

「そうか」

「それにこの体質を利用するのもあと半年くらいだけですからね。今のところ何もないので、多分調べなくても問題ないと思います」

「……」


 無理はしなくて良いですよ、と伝えたくてそう答えたものの、ルーカス様はまた黙ってしまった。

 返事を間違えたのかと、内心焦る。


「……」

「……」

「…………あの、ルーカス様? 私、何か変なことを――」

「もし、半年後以降も側にいて欲しいと言ったら…………どう思う?」


 え、と小さな声が漏れる。


 半年後以降も、とは?

 後継選任戦が終わった後も、私の体質を利用したいということ?

 まあ、ルーカス様は選任戦後も祓魔師であることに変わりはないから、私がいる方が祓魔ポイントは稼げると思うが。


 代わりに私はまだまだたくさんの場所に行けるし、正直今の生活もかなり贅沢をさせてもらっていて、満足している。


 でも、もしルーカス様が後継選任戦で勝ったら、彼は正真正銘次期公爵になるのだ。

 そうなった後も私が妻の座に居続けるのは、彼のためにならないのでは?

 足を引っ張る気しかしない。


「それは、妻としてですか?」

「勿論だ」


 例えば、アデナウアー家に雇われる身にでもなって、側で悪魔を引き寄せ続けるとか。

 そんなことを想像したが、ルーカス様は私を“妻のまま”側に置いておきたいらしい。


 だとしたらそれは、得策ではないだろう。


「……もしあなたが選任戦に勝てた場合、表向き無能な私は、あなたの名前を貶める妻にしかなれません。次期公爵の夫人にはもっと相応しい人がいるはずで――」


 ……それこそ、この前のパーティーにいたテルマさんとかね。

 彼女ほど自信にあふれてルーカス様を慕っている方なら、公爵夫人に適していると思うから。


「私にその荷は重いです」


 そう言って、私はキッパリとお断りした。

 ルーカス様やこの生活が嫌なわけじゃない。

 あくまで「次期公爵夫人の座に私は相応しくない」という話。


「……そうか」


 そう言ったルーカス様の表情には、少し翳りが見えた。


 ……あれ? 私、回答間違えちゃった?

 てっきり簡単な意思確認だと思ったのに、もしかして違ったかな……?


「あの、ルーカ――」

「今のメリナの気持ちは分かった」

「え?」


 確認しようと思ってルーカス様の名前を呼ぼうとしたとき、ルーカス様の言葉に遮られた。

 改めてこちらをまっすぐ見つめてきた彼の瞳には、強い意思が宿っている。

 エメラルドグリーンの瞳が、ぐっと輝いて見えるその状態で、彼は言った。


「分かりはしたが、諦めるわけじゃない」

「……はい?」


 ……諦めるって、何の話?


「あと半年あるからな。頑張れば良いだけだ」


 ……うん。だから、何の話?


「あの、なんだか話が噛み合ってない気が――」

「着いたか」


 気づけば馬車は停まっており、アデナウアーのお屋敷に戻ってきていた。

 話が噛み合わないまま、会話は終了してしまい、私はモヤモヤした気持ちで部屋に戻ったのだった。


***


「まあ。そんなことを言われたの?」


 センター長に会った次の日、私の元をテルマさんが訪ねてきていた。


 先日アデナウアー一族のパーティーであったことについて、彼女のお母様や領民が無事だったことのお礼と、私に酷いことを言ったお詫びをしたいと丁寧な手紙が来たのが始まりだ。

 私は気にしなくて良いと伝えたが、彼女の気が済まないからどうしてもと押し切られたのだ。


 それで今日、彼女は私に会いに来てくれた。


 パーティーでは気が強そうでこちらに敵意剥き出しだったけれど、久しぶりに会う彼女はうってかわって別人のようで。


 そんな彼女からのお礼もお詫びもすんなり受け取ると、彼女は「なんて優しい人なのかしら……」と感銘を受ける始末。

 しかもそのまませがまれて、「友達」になってしまった。また、友達だから敬語はいらないし、互いを名前で呼び合おうとも言われた。


 その関係性になることが嫌なわけじゃないが、あのときの彼女が友達になるとは思ってもいなかったので、気持ちが追いつかない。


 けれど「友達」のテルマさ……テルマから、「最近ルーカス様とどうなの?」と聞かれ、つい私は彼女に相談してしまったのだ。

 昨日馬車の中で起きた噛み合わない会話についてを。


 体質のことがバレたとはいえ、一応まだ後継選任戦が終わったら離婚する予定という部分を伏せつつではあるが。


 異能を持たない私がルーカス様の妻になれたのは、悪魔を引き寄せる体質があったことが大きいということ。

 将来的に、もしルーカス様が後継選任戦で勝ったら、公爵夫人には別の誰かに就いて欲しい旨をルーカス様に伝えたということ。

 それを聞いたルーカス様から「諦めない」とか「頑張る」とか言われたということ。


 ……テルマなら、ルーカス様の意図が分かるかしら?


 ドキドキしながら彼女の反応を待っていると、彼女の口からはおかしな答えが出てきてしまった。


「ルーカス様は本気であなたが好きなのね」

「…………え」


 違う、そうじゃない。

 そんなことはあり得ない。


「所詮噂だと思ってたけど、まさかあのルーカス様が本当に本気になっているなんて……。これじゃ勝ち目なんてないはずだわ」

「ま、待ってテルマ。何か誤解してるわ。ルーカス様はただ私の体質を買ってくれてるの。そんな感情ではないはずよ」


 私がそう言い返すと、テルマからじーっと見つめられて、私はぱちくりと瞬きをする。

 すると少しだけためて、テルマに言われた。


「…………あなた、鈍いわね?」


 もはや可哀想なものを見る目で見られて、もっと意味が分からない。


「鈍いって……? 何のこと?」

「はあ。あなたがそんな感じなら、私もまだ諦めなくて良いかしらね」


 ……だから、いったい何のこと?


「ねえテルマ――」

「これ以上は教えてあげない。自分で気づくか、ルーカス様に直接聞くべきだからね」


 テルマは何かを知っているようなのに、断固として私には教えてくれないようだ。

 私が気づくべきだと言われれば、こちらもこれ以上聞きにはいけない。


「……分かった」

「まあでもヒントならあげる。ルーカス様はあなたに“妻として”側にいて欲しいと言ってくれたのよね? その意味をよく考えると良いわ」

「…………?」


 テルマにヒントをもらったが、それで分かるわけもなく。むしろさらに迷宮入りしそう……。


 ぐぬぬ、と私が困惑した顔をすると、答えに辿り着いているらしいテルマは、こちらを見て微笑ましそうに笑っていたのだった。

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