第18話 センター長からの呼び出し

「おおー!」


 私を見て感激の声を出したのは、ルーカス様の友達だというフィデリオさんだ。

 今日はルーカス様と一緒に祓魔師協会の中央センターに来ていて、受付にいたフィデリオさんを見つけたルーカス様が、彼に私を紹介してくれたのだ。


「初めまして。メリナと申します」

「聞いてるよ! るっくんのお嫁さん!」

「るっくん?」

「フィデリオ。その呼び方はやめろと……」


 あのルーカス様がそんな可愛い呼び方で呼ぶことを許している(正確には許してはないがそれでも呼び続けている)相手だなんて、多分かなりすごい人だろう。


 フィデリオさんは私の両手を握ってブンブンと上下に振りながら陽気に挨拶してくれるが、勢いが強すぎて反応が追いつかない。


「いやあ、お噂はかねがね! ずっと話してみたかったんだよね!」

「え、あ、」

「それに可愛い! るっくんの好みってこんな感じだったのか〜うわあ新鮮〜」

「かわ、え、あの――」

「おいフィデリオ」


 するとルーカス様はむすっとした顔で、フィデリオさんの手を私の手から引き剥がした。


「気安く触るな」

「へ」


 突然のことにフィデリオさんは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間何かに思い当たったようで、ははっ、と声を出して笑い始めた。


「まさかるっくんが嫉妬するとはねえ〜」

「……は?」


 ……嫉妬?


 フィデリオさんはどうしてかそんな勘違いをしてしまったらしい。

 私が単なる囮要員ということも、この結婚が期間限定だということも知らなければ仕方ないかもしれないが、ルーカス様が嫉妬するなんてあり得ない。


 ……ほら、ルーカス様も呆れて鼻で笑……ん?


「あれ? 顔真っ赤だよ、るっくん」


 フィデリオさんも言ったように、ルーカス様のお顔は赤く染まっていた。耳まで赤い。

 こんな顔は初めて見た。


「……うるさい」


 まるで図星をつかれたかのようでは?

 それはつまり、ルーカス様は本当に嫉妬を……?


 ……ま、そんなことあるわけないのだけど。演技よねこれ。

 ルーカス様は今フィデリオさんに対して、妻の事が好きで友達にも嫉妬する夫の演技をして見せてるんだわ。


 間違って下手なことを言わないように私は黙っておき、ルーカス様とフィデリオさんの会話を聞くことに徹した。

 

「ふうーん。じゃあそういうことにしといてあげるよ。……それで、今日はどうしてここに? 今は祓魔師資格停止中って聞いてるけど?」

「ああ。今日は祓魔師としてというより、俺個人でセンター長に呼び出されたから来たんだ」

「センター長に!? ああでもそっか。もしかして彼女の体質のことかな?」


 先日のアデナウアー一族のパーティーで起きたことは、祓魔師協会でも大きく話題になっている。

 特に、悪魔を引き寄せる体質などという不思議な体質を持つ者が現れたことは、教会で働く人間ならばすでに耳に入っていて当然だ。


「恐らくそうだろうな。悪魔を引き寄せる体質なんて、協会は喉から手が出るほど欲しいに決まってる」

「でも、るっくん個人が呼ばれてるんでしょ? 彼女も連れてきて大丈夫なの?」

「問題ない。最初から俺とメリナで訪ねて、協会に渡すつもりなんてないとセンター長に直接言った方が手っ取り早いだろ?」

「ははっ。るっくんらしいね。じゃあ頑張って」

「ああ。行ってくる」


 フィデリオさんはひらひらと手を振りながら笑顔で見送ってくれた。

 私はぺこっと一礼して、ルーカス様と中央センターの奥へと進んだ。


***


 センター長室に入ると、五十代くらいの白髪の女性がいた。


 ……あの人がセンター長?


「こんにちは、ルーカス・アデナウアー君。来てくれて嬉しいわ。それに――」


 女性はルーカス様から私へと視線を動かした。


「可愛らしい奥様も」


 気品溢れるマダムから微笑まれながら「可愛らしい奥様」と言われ、私は少し照れてしまう。


「は、初めまして。メリナと申します」

「初めまして。私はペトロネラ。中央センターここのセンター長をしています」


 ……この人が、センター長。


 淑やかな年配の女性がセンター長だとは思っていなかったので、ちょっと驚きだ。


「それで? 何の用ですか?」


 ルーカス様は本題を急いた。ちょっととげとげしい聞き方だ。


「あなたのことだから、どうせ分かっているのでしょう?」

「まあ見当はついています。だからメリナも連れてきました」

「ええそうね。私はルーカス・アデナウアー君だけを呼んだはずなのに、奥様も一緒に来られるなんて。……あなたが奥様にぞっこんだという噂は本当だったようですね」


 まっすぐにセンター長さんを見つめるルーカス様。

 センター長に対しても臆さずいつものように圧をかけているのを感じるが、センター長さんには全く効かないらしい。

 彼女の素敵な微笑みが全く崩れないのだ。


 ……おお。さすがセンター長。


「そう睨まないで頂戴。強制するつもりはないの」

「お断りします」

「まだ何も言ってないわ」

「どうせメリナを協会に渡せとか言いたいんでしょう? もしくは、その体質を研究させてくれとか。何にせよ、お断りします」

「……あら、残念」


 ルーカス様は聞かれる前に質問を想定し、断りを入れた。


「私に断られたら、次はメリナに直接頼むつもりだったんですよね? 彼女は優しいので、私がいないところで言葉巧みに言い寄られたら協会のいいように使われてしまうかもしれない。だから今日、彼女も連れてきて、二人とも断りの意思であることを伝えさせていただく次第です」

「さすが、本家の後継第一候補は違うわねえ」


 協会側の思惑を予想し、先手を打った。

 実際、今ルーカス様が言った通りの思惑だったセンター長さんは、困ったように笑う。


 けれど、本気で困っている感じではなさそうだ。

 センター長さん側も、断られること前提で呼び出したみたい。


「でも一つだけ言わせてもらうわね。奥様の体質について本当に研究しなくて良いのかしら? この国で初めて出てきた体質なのよ? ……例えば、その体質で悪魔を引き寄せれば引き寄せるだけ、彼女の身体や寿命に影響があるかも…………とか」


 ……え。


「……センター長ともあろう方が脅しですか?」

「そう取られても仕方ないけど、私は心配しているのよ。そんなに愛しているのなら、突然彼女を亡くさない為にも研究は必要じゃない?」


 引き寄せ体質が私自身に何か影響を及ぼす?

 考えたことがなかった。

 もし本当に影響があるのだとしたら、少し怖い。


 私の顔から血の気が引いていく。

 けれど、そんなときでもすぐに私の心配を取り除いてくれるのがルーカス様だ。


「ご安心ください。必要であれば私が信頼のおける者に頼んで調査します。間違っても、何をされるか分からない協会にメリナを差し出すつもりはありません」


 きっぱりとセンター長さんにそう言ってくれたルーカス様の横顔は、とても凛々しくて眩しかった。

 期間限定の旦那様。

 こう言ってくれたのも、演技かもしれない。


 だけど私はこのとき、不覚にも彼にときめいてしまったのだった。

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