第17話 カブトムシのゼリーにはなりたくない

 ――結論から言うと、パーティーの夜に突如として国中に現れた悪魔は、無事全て祓いきれた。

 しかも、襲われた人はおらず、被害はゼロ。

 私たちの完全勝利だった。


「予想以上に広範囲まで私の引き寄せ体質の効果があって良かったですよね」


 心配していたテルマさんの実家の方に出現した悪魔まで、私はしっかりと引き寄せられたのだ。

 八十の悪魔全てをパーティー会場の中庭まで集められたので、あとはアデナウアーの精鋭祓魔師たちと祓魔師協会を通して連絡を受け会場にかけつけた祓魔師たちとで根こそぎ祓って、事態は収束した。


「改めて、メリナの体質はすごいことが分かったな」

『さっすが主様!』

『そりゃぼくたちのご主人様だもんね! すごいに決まってるよ!』


 事態収束後は、一族内で私の体質について取り沙汰された。

 後継選任戦が行われている今、悪魔を引き寄せる体質の私が側にいることは、ルーカス様にかなり有利だからだ。


 ヨナス様やイザーク様はもちろん、分家からもかなり批判の声が上がったらしい。

 そうした声を受け、公爵様は悩んだ結果、ルーカス様に一ヶ月の祓魔師資格停止処分を言い渡した。


 ……ということで、やることがなくなった私たちは部屋でまったりと紅茶を飲んでいるのです。


 ここならブラウやロルフも一緒にいれるので、もし一ヶ月間ずっと部屋に引きこもっても飽きないだろう。


「でも、すみませんでした。勝手に一族の皆さんへ打ち明けてしまって……。ルーカス様が皆さんから責められてしまいましたし、一ヶ月の資格停止になるなんて。これでは祓魔ができませんし、選任戦にも影響が出ますよね?」

「いや? 考えていたよりは全然軽い罰だったぞ」

「そうなんですか?」

「一ヶ月祓魔できなくてもまだ五ヶ月は残るから問題ない。それに、メリナの体質については何の制限もかからなかったからな。処分が明けたら、いくらでも巻き返せる状況だ」

「なるほど……。それにしても、公爵様はよく私のことを許してくれましたね?」

「意見がなかったわけじゃないぞ? メリナを他の参加者たちへ順番に貸し出すとか……あああと、体質を使うこと自体に制限をかけるべきとかいうふざけた意見があったが、『メリナは俺の妻だ』と言って一蹴しただけだ」


 ……なんというパワーワード。


 ルーカス様の言葉には、「俺の妻を貸し出すなんてあり得ない」とか、「俺が手に入れた妻なんだから俺がどう使おうが自由だろ」とかいろんな意味が含まれているのだろう。


 それらを全て含んで「俺の妻だ」と言ったときの彼はきっと笑顔だっただろう。笑顔で圧をかける。いつものルーカス様が会議の場で堂々としている様子を頭の中で思い浮かべる。


「それに、なんだかんだ言っても俺は本家の人間で、しかも今、後継者に一番近いのが俺だ。メリナの体質は少しズルくもあるが、それがなくてもきっと一番を取っているし、そもそもメリナを見つけたこと自体が俺の功績だ。そのことをとやかく言われる筋合いはないと思っている」


 この自信はどこから来るのだろう。

 でも本当に、ルーカス様なら私がいなくても一番を取っていたと思う。


 ……あれ、でもそれなら……。


「それなら、私と結婚しなくてもよかったのでは……?」


 ふと疑問に思ってしまった。

 私の存在意義はこの体質にある。

 後継選任戦の間だけ、この体質を使ってルーカス様を手助けするために結婚したはず。


「念には念を入れるべきだろう?」


 ……つまり保険ということね。

 まあ、私も外の世界が見られて、おまけにこんな素敵な生活を送らせてもらえているから文句はないけど。


「なるほど」

「それより今度は、君の警護について考えないといけないな」

「え? ………………は!」


 私の警護と言われて思い出し、思わず息を吸ってしまった。そして叫ぶ。


「カブトムシのゼリー!」


 ……に、私がなると言われたのだ。


 正確には、誘拐されて木々にくくりつけられて悪魔を誘き寄せる餌にされる、とか言われた記憶である。


「カブトムシ?」

「いえ、なんでもありません」

「……ああ、そうか。あのとき木々にくくりつけられると言ったからそう思ったんだな?」


 何でもないと言ったのに、ルーカス様は私の頭の中を読み取ってしまったらしい。

 彼は、言い当てながら、くくっと笑う。


 ……変な考えをしてすみません。


「まあとにかくそういうことだから、メリナがカブトムシのゼリーにならないように、警護を強化したい。今までは俺がいない時の外出を許していなかったが、この前のパーティーで一族の人間と繋がったことで、今後は夫人会に誘われることもあるだろうからな」

「……はい」

「俺が一緒にいるのは今までと変わらないが、問題は俺といないときだ。だから――」

『ピィ!』『キャン!』


 ルーカス様が何かを言いかけたとき、ブラウとロルフが鳴き声を上げた。

 私たちが二匹を見ると、二匹はえっへんと胸を張って言ってきた。


『主様は僕が守る!』

『ぼくだって守れるよ! 悪いやつがきたらがぶって噛みついてやる!』


 どうやら、私の警護への立候補らしい。

 二匹とも気合い十分だが、そもそも二匹は外には出られ――。


「ふむ。良い案だな」


 …………?

 ブラウとロルフは外に出られないのに?


 ルーカス様が「良い案だ」と評したことに、私は首を傾げた。


「二匹を外に出してやろう。その代わり、外に出るときはメリナから離れず、もし何かあったら命懸けで守ると約束してくれ。あと、外では普通の動物として動き、言葉は喋らないこと。これらを約束できるなら、二匹へ外に出る自由を与える」

『約束する』

『もちろん!』

「良い返事だ」


 ルーカス様はブラウとロルフの頭をわしゃわしゃと撫でながら、そんな約束を取り付けてしまった。


「ま、待ってくださいルーカス様! 本当に二匹を外に出すんですか?」

「そうだ」

「……では、私が作ったことも公に?」

「いや、それはまだしないつもりだ」

「?」

「ブラウもロルフも、普通に見ても絵から作られたなんて分からないだろう? だから、メリナが飼ってる小鳥だの子犬だのと紹介すれば良い。もちろんメリナには人間の護衛も付けるが、ここまで忠心的な奴らを使わない方が勿体無い。丁度、空と陸でそれぞれから守れる便利な種類だしな」


 ……使うとか便利とか、そんなことを考えて絵を描いてはいないんですが。


 言い方がさすがルーカス様だなとは思いつつ、ブラウとロルフを連れて外に行けるのは単純に嬉しいことだ。


「特にロルフの方は、子犬を飼いながら一度も外へ散歩に連れて行かないのも逆に怪しまれるからな」


 そうやってロルフを撫でるルーカス様の顔はとても優しい顔をしていて、自分のためのような話し方をしながらも、ロルフのことを考えて外に行けるようにしてくれたんだろうなと思った。


 ……ほんと、素直じゃない人。


 出会って半年ほどしか経ってないが、彼はその口調とは裏腹に、私を大切にしてくれる人だと、この日また改めて感じたのだった。

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