何事も一歩目こそ肝心で、一歩目こそ億劫
「あれ睨んでたんじゃないんですか?!」
「いやー、昔から朝弱くてさ。重い瞼を無理やり開けて、頭痛に耐えてると自然とあんな表情に……」
「正直かなり怖かったですよ、カザマさん背も高いし体格もしっかりしてるから威圧感すごいですし」
「家族ですら寝起きの顔は「凶悪犯みたいな顔してる」なんて言うくらいだから」
「フフッ、確にそんな感じでしたね」
あの後、リディアに同行していたメイドさんが気を利かせてお茶を淹れてくれて、俺たち2人は雑談に花を咲かせていた。
当然ではあるが王族がこんな夜に護衛もなしで出歩くわけがなく、今側に控えて居るメイドさん以外にも、ちゃんと騎士の人が同行していた。というか日中お世話になった人だった。向こうも気がついたらしく、さっき会釈を返してくれた。
いやー、それにしても早めに打ち解けられたようでよかった。最初こそビクビクしながら会話していたけど、この姫様は結構イイ性格をしているものだから敬語が外れるのに時間は掛からなかった。本人も良いって言ってくれたしね。
「姫様も最初とイメージだいぶ変わったよ、口調は丁寧でも結構言うこと言うよね」
「口調はもう癖みたいなものですねー。砕けた口調と使い分けるよりは、標準を
「あー、周りにいたわ。
「まぁそれでも誰も見ていなければ、もう少し粗雑な言葉使ったりもするんですけどね。私だって嫌なことがあった時くらい、王族だっるとか言いたくなりますよ」
「ハハハ!いっそその方が親しみやすいんじゃないか?」
こんな風に話の合間に挟んでくる小ボケが、見た目とのギャップも相まって若干ツボだったりする。まったく、SNSを介さないでここまで話が弾んだのはいつぶりだろうか。
「姫様かなり話上手だよね、こう自然に懐に入るというか」
「王族ともなると社交界とか、お茶会に嫌と言うほど出ますからね。話し方以外にも所作や口にする物などの細部の工夫も必須ですから」
「なるほどね。ひょっとして護衛の人選もわざとだったりする?」
「あら、やっぱりバレました?」
「なんとなくね。さすがは貴族社会、その辺は抜け目ないねぇ」
もしやと思い言ってみれば、彼女は悪戯がバレた子供のようにクスリと笑った。実際に俺が気がついていないだけで、他にもこうした盤外戦術の数々を仕組んでいるのだろう。
「うーん。私自慢の、絵に描いたようなお姫様!って感じの振る舞い、他の皆様方には評判よかったんですけどカザマ様はそうでもないですよね。そんなダメでした?」
「言動がキレイすぎる人って腹に一物抱えてそうなのと、一緒に居て疲れそうだからあんま近寄りたくないかな。女性の場合は特に」
「実際に猫かぶってた私が言うのもなんですけど、大分ひねくれてますね。王族向いてますよ」
「そりゃ光栄だ、王族のお墨付きなら間違いない」
こうしてお互いに軽口を叩き合っていたが、ふと姫様が手に持っていたカップを置いて少し真面目な顔を作った。
「ところでカザマ様。これからの事については、どのくらい考えていますか?」
「……本題はそれだったか」
「はい。他の方には既にお伝えしたのですが、あなた方の生活及び、身の安全は王家が保証します。当然もとの世界への帰還に関しても、最大限手を尽くさせていただきます」
「さいですか」
そう言ってリディアが見せた王家としての顔に思わず身構えたが、語られた内容に安堵する。少なくとも食事と寝床の心配は無くなったわけだ。ただ、彼女の言った「これからの事について」という言葉が、胸に引っかかる。
これからの事。まさしく直前まで考えていた事であり、未だ答えの出せていない話だった。そんな俺の悩みを見抜いたのか、彼女は真剣な態度をやめて優しげな表情を浮かべた。
「浮かない顔をされていますね。なにかご不満がありましたか?」
「いや?文句なんて何もないよ。一国が後ろ盾になってくれるなら安心だ」
「それはよかったです。また今朝みたく断られるかと心配してましたから」
「だからごめんってば」
急に失態を掘り返され思わず笑ってしまう。字面で見れば嫌味な言葉ではあるが、ここまでの会話を経てそれが彼女なりの冗談であることは十分に理解できた。こうも丁寧に歩み寄られたからだろうか、気がつけば柄にもなく内に抱えていた本音が口の端から漏れ出していた。
「ただ考えてたんだよ、そっちの指摘通りこれからなにをしようかって」
「と、言いますと?」
「戦争怖いし、帰る手がかり探すにも何もできないし、前提として両方とも専門の人が頑張ってる中に素人1人加わっても邪魔でしかないでしょ?」
かといって帰還の目処が立つその日まで、何もせずに引きこもりというのも辛い。過去に一時期不登校児やっていたからわかるが、アレは
物語の主人公でもあるまいし命懸けの冒険なんてのもお断りだ。この世界に魔王がいるかは知らないが、居たとしても命を懸けるだけの覚悟も動機も俺にはない。
「……言われてみいれば考えたこともなかったですね、自分がなにをしたいかなんて」
「へぇ?」
そうこう考えているうちに、隣から返事がきた。
「社交辞令的な趣味はありますけど、本心で楽しみにしてる趣味って聞かれるとパッと出てきませんね。物心ついてからは王族として色々仕込まれてばっかりでしたし、休憩時間も休憩とは名ばかりで教養のための本読まされてたんで」
「うっわ超ブラックじゃん」
今明かされる過酷な王家の実態、世に蔓延る教育ママも顔面蒼白不可避なレベルの英才教育に思わずドン引きする。
「たしかに昔は憧れてましたよ、「外で遊びたい」とか「下町に出てみたい」とか。まぁ思った直後には教師がやって来て、考える余裕も無くなりましたけどね」
「割と笑えない境遇じゃん。見ようによっては虐待じゃん。反応に困るんだけど」
「カザマ様は幸いにも時間が有り余ってますし、お望みでしたら大抵のご要望には応えられますから、気の向くままに過ごしては?」
「あれ?ひょっとして遠回しに嫌味言われてないか?俺の耳には「どうせ暇なんだから勝手にしてろ」って聞こえたんだけど」
「ソンナコトナイデスヨ」
「そんなことあんじゃねぇか。どこ見てんだそれ、眉毛か?俺の眉毛見て喋ってんのか?そもそも暇になったのだって、元を正せば原因おたくらだからな?」
「それは本当にごめんなさい」
自分で相談乗る雰囲気出しておいて、とんでもねぇ毒吐いてきやがったよこの人。
「まぁ実際暇なわけだし、せいぜい趣味でも見つけて、好きなことして楽しく過ごすことにするよ」
「なんか隠居前の老人みたいですね」
「やかましいわ」
その時、辺りが急に暗くなる。どうやらリディアの持ち込んだランタンの明かりが消えたらしく、随分と長いこと話し込んでいたことに気が付いた。
「あらま、替えはありましたっけ?」
「こちらに」
リディアの問いに控えていたメイドさんが答え、蝋燭を受け取ると
「ほい」
指先から火を起こして蝋燭へと着火し――――
「ハ?えまって、今なにやった?てかどうやったの?」
「はい?私何かやっちゃいました?」
「なんで知ってんだよ。あれか、俺以外のヤツから聞いたのか。じゃなくて!火種も無いのにどうやって着火させたかを聞いてるの!」
「どうと言われましても、普通に魔術ですよ?」
「魔術!あるんだ!いやあったらいいなとは思ってたけども!」
おかしいですか?とでも言いたげな表情で、リディアがまた指先に火を灯してみせた。
すげー!やべー!ただの火なのにテンションが青天井でブチアガりなんだが?どういう理屈で成立してるんだろう、指先は火傷しないのかな?燃料も無く燃え続けてるように見えるけども、魔力的なサムシングをリソースとして用いているのかな?あーやっばいわコレ、興奮してきた。内なる男子としての魂が踊り散らかしてるわ」
「……あ、あのー。なにやら琴線に触れたのはわかりましたが、一旦落ち着いてはいただけませんか?おっしゃる通り私は平気でも、カザマ様に対しては普通に火ですから、あまり近ずかれると危ないですよ」
「え?あぁそうなんだ、ごめんごめん。てか声に出てたか、そっかそっか……」
「……そんなに珍しいものでも無いと思いますが、もしやカザマ様達の世界には、あまり魔術が普及していなかったのですか?」
「普及も何も、魔術は空想上の存在だったんだよ!実在するだなんて言えば、正気を疑われるのが正常な反応の世界と言えばわかるかな?」
「なる、ほど?にわかには信じがたいですが、その反応を見ていると嘘だった場合の方が怖い気がしてきたので一旦飲み込んでおきます……」
「剣と魔法のファンタジーとか手垢まみれで擦り切れてるような題材とか言って飽きてたのに、いざ目の当たりにすると手のひら返さざるを得ないね。やばいな、この世界楽しくなってきた」
「私はカザマ様が怖くなってきました……」
えーすっごい。俺も使えるのかな?王道の火もいいけど、氷とか雷みたいな強キャラ感あるのもいいよなぁ。
「……そこまでお気に召したのなら、いくつか披露しましょうか?」
「え、まじで?見たい見たい!見せて!」
「フフッ、魔術一つでここまで喜ばれたのは初めてです。我ながら魔術の腕には自信がありますから、期待に応えて少々派手なのをお見せしましょう!」
「おぉ!」
そしてリディアが手を眼前に突き出すと、その手が光を帯びた瞬間!
遠方に見えた家屋らしき建物が凄まじい轟音と共に砕け散った。都市外壁の篝火に照らされた宙を舞う瓦礫と粉塵や、最初の音に連鎖するように響き続ける建物の崩れる音を聞くに、破壊はそれに留まらず周囲の建物にも被害を与えたらしい。
あまりの事態に混乱しつつも、未だ耳に届き続ける轟音によってある程度の思考を取り戻し、視線をリディアの方へと戻せば、呆然とした表情を浮かべた彼女が視界に入った。
「「…………」」
その表情を見るに冷静じゃないのは彼女も同じようで、俺と崩壊した建物を口を半開きにさせながら見ていた。
「あー……その、さ?確かに見たいとは言ったけどさ?」
未だ混乱中だろうリディアが、同じく混乱する頭で何とか言葉を紡いだ俺の方へと視線を向けた。
「…………やりすぎじゃね?」
「違いますよ?!」
違うらしい。
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