後編
僕は柴田さんと地下鉄にのっている。特に理由があるわけではない。単純に、帰る方向が同じで、電車に乗る時間帯が同じだった。柴田さんはいつも自習室で勉強をしてから帰る。塾での友人に引っ張られ、すぐ駅へ向かう僕と乗り合わせるわけはなかった。しかし、今日は友人が休んだことと、柴田さんが自習をしなかったことで、奇跡の乗り合わせが起きてしまった。
柴田さんは僕に気づくと会釈した。僕は気づけば、横並びの座席の端に座る芝田さんの前に立っていた。
会話はなかった。緊張でつり革は僕の汗でぬるぬるになった。
ミサイルと地下鉄の話が、今このとき初めて発した言葉だった。そして僕はうまい返しが思い付かず、柴田さんは頷いたことで会話は終了してしまった。
もう少し賢くなっておけば良かった。もういちど真摯に僕は思った。しかし、なにも面白い話も浮かばず、電車は僕の降りる駅に近づいてきた。
柴田さんは、僕の志望校よりもずっとずっと賢いところへ行く。塾の先生が自慢げだったので間違いない。こうやって話せる機会はもうこれで最後かもしれない、そんな悲壮な気持ちになる。
「まあ、わたしもよく知らないんだけどね」
走馬燈がよみがえるなか、柴田さんが不意に付け加えた。Twitterの情報らしい。不確かな情報を、言ったことに対する罪悪感か、少し眉を下げていた。
「わたしの母さん、電車に轢かれたの」
電車が止まった。僕は、時間も止まった気がした。僕は柴田さんの顔を見ていた。伏せられていない瞳を、まっすぐ見つめるのは初めてだった。
「いっそミサイルのせいだったらよかった」
僕の降りる駅だ。柴田さんの顔から、黒の瞳から目が離せないのに、視界の端に見慣れた駅の名前が入るのが不思議だった。扉の向こうの喧騒が、ぼやけにぼやけて聞こえる。
「これってひどいと思う?」
柴田さんの目が、険しくなった。唇がぎゅっと横に引っ張られる。
喉につまったように、言葉が出ない。息さえ止まっているように感じた。
笛の音が鳴った。
扉がしまる。電車がまた、ゆっくりと動き始めた。その振動を足に感じながら、僕は柴田さんの目がそれからゆっくりと潤んでいくのを見ていた。
秘密 小槻みしろ/白崎ぼたん @tsuki_towa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます