049 -マナと魔素

「姿に違わぬ人外の力……驚きましたよ。貴女のような存在は全くの想定外でした!」


 私がつけたはずの殴打痕は跡形なく消え失せ、ダメージなど初めからなかったかのように両手を広げ、引き締まった鳩尾をひけらかすクリス。

 理すら知らぬといった顔でふわりと私の背丈ほどの高さに浮かび、その悪趣味な漆黒の翼を誇示するように広げていた。


「大人しく死んどけえぇぇっ!!」


 咄嗟にキャプテンが双剣を抜き再びクリスに飛びかかるが、クリスは余裕の面持ちで木の棒を一振り。勢いに任せて大地を蹴ったキャプテンは、その姿勢のまま固まり落ちた……って、私も動けない!? でもどうやら目と口と耳は機能しているみたいだ。身体だけが動かせない、金縛りに近い状態。これが拘束魔法か! 私も動けないほどに強力にかけたってこと? というか、いつかけた!?


「少し大人しくしていてもらいましょうか?」

「て、てめえ……また拘束魔法……いや、呪縛魔法カースバインドか!?」

「また無詠唱っスか……っ! くそっ! 身動きできないっス!」

「はっ! 拘束だか呪縛だか知らねえが、口は封じられないんだな! このクソ野郎!!」

「あまり大声を上げないでくださいミモザさん! まだ完全に傷は癒えていないんですからっ!」

「今は挑発は良策ではないですぞミモザ殿!」

「そうだよミモ姉! 落ち着いて!」


 私たちの言葉に一切無視を決め込み、クリスは尖った耳を数度指先で弾く。無知な者に教えてやろうといった愉悦の表情を浮かべ、語り始めた。


「では! 何も知らない無知なる貴方方に教えて差し上げましょう。まず、なぜゴブリンモンキー……でしたか? あの動物を配下にしたか、ですが……それは『手先の器用な動物だから』です。いざとなれば武器を手に……奪うことも出来るでしょう? まぁあれの知能の低さからして、はなから期待はしていませんでしたがね。所詮は動物、ただの獣でしたよ」


 実際のところ、クリス配下の魔獣ゴブモンは徒手空拳で戦いを挑んできたからどうにか対処出来たものの、もしクリスの言う通り武器を所持していたとしたら……と考えれば、改めて寒気が走る。


「そしてなぜチューブキャットを標的にしたか? ですが……」


 クリスの言葉に考える。


 生態系の側面から見れば、チューブキャットという動物は特に脅威なもの……ヒトを襲う危険な肉食動物とか、ではない。

 では何かと聞かれれば、それはシリンディアをテイムし、色々と話をした私なら解る。彼女たちはただ永い時間の中、この森の水脈を管理することで広大なビャッコの森の植物を護ってきた人畜無害な、むしろ私たちにとっては益獣とも言える存在なのだ。


 それをピンポイントで襲った理由って何だ?


「チューブキャットたちがテメェに何したって言うんだ! 何もしてないだろ!?」

「ふむ……人外の貴女はなかなか聡いようですが、未だ答えには至っていないようですね……チューブキャットはこの森の地下水脈を管理調整することで、森を豊かにしています。森が豊かになれば植物はマナを潤沢に創出しますが、全ての生物は『何かを取り込み何かを放出して育つ』のはさすがにご存知ですよね? 生命ある生物は食べることで成長、そして不用物を放出しますが……さて、植物はどうでしょう? 何を取り込み何を放出してるのか」

「……」


 そう語るクリスの顔に無言で睨め付ける。言いたいことがあるなら勿体つけずにさっさと言ったらどうだ。


「本当にご存じないんですね。無知とは罪なものです……植物は『する』んですよ! あぁ、水と光、そして栄養を取り込んで放出するのは清浄な空気だけですからね、お間違い無きよう言っておきます。つまり! 魔素を大量に取り込みマナを放出するこの森は私にとっては邪魔そのもの! ゆえに森の生育の一翼であるチューブキャットはさらに邪魔者なんですよ!!」

「そ……それがチューブキャットを狙った理由……」

「ま、魔素ってなんだ!? 適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」

「はぁ……シロ族アルヴムは本当に何も知らないんですね……よほど巧妙に隠匿されていたようです。まぁ加害者というのはいつだってそういうもの。都合の悪いことには目を逸らし蓋をする!」

「!」


 私たちヒト族……クリス曰く『シロ族アルヴム』は、大気中にあるマナを全身で取り込み、『魔腑』という臓器で魔力に変換し、魔法を行使する。『魔腑』は誰しもが持つ臓器だが、これの質、つまりマナをどれだけの効率で良質な魔力に変換できるか。それが魔法行使の才能であり、また職号が大きく変わる一因でもある。

 テイマーである私の『魔腑』は機能していないから魔法は全く使えず、大魔導師であるバイラン様の『魔腑』は異常に機能しているからあれほどの魔法を行使出来る、つまりそういうことだ。

 そしてマナはどこに由来するものなのかも知っている。植物が水と光、そして大地の栄養を取り込んでマナを放出するのだ。それが私たちの知る常識で、疑ったこともない。


 そして今、クリスの発言は、その常識を真っ向から否定する。


 コイツの言葉を鵜呑みにするなら、植物は水と光と栄養を取り込み、綺麗な空気だけを放出するが、そこに魔素が加わることで初めてマナを放出する。


 魔素とは何だ? クリスが言う魔人、つまり私たちヒト族に仇なす存在が『魔素で魔法を行使する』のなら、魔素は忌むべき存在なのだろうか?

 色々と未知の情報が多すぎて、私たちだけではどうにも判断のしようがない。だから今はクリスとクリスのかけた呪縛魔法カースバインドをどうにかしなければ。


 そして、不意に作戦を思いつく。

 それはプルクラが何度か見せたものだが、私に彼女ほどの威力、というか効果が出せるのか。私とプルクラでは体格も、そもそもそれ以前に身体の構造がまるで異なる。


 ただ、自体は自分にも出来るという確信だけはある。プルクラのように疾走し、人智を超えた跳躍ができるのであれば。も可能なはずだ。


「魔素だかなんだか知らないけど、テメェが必要とするんだから、私たちには毒なんだろうな! それでも私たちのなら魔素とやらも大したことないんだろ!?」


 そう言いながらミモ姉に、私がなんとかするといった顔で目配せする。きっと彼女なら解ってくれるはずだ。

 一瞬ミモ姉は逡巡するが、すぐに理解のまばたきで返し、期待通りの対応に移る。


「あぁそうだミアの言う通りだ! おいお前らセンシブル! 黙って見とけよ!」

「!? あぁわかったミモザ。お前ら! 口出しするなよ!」


 よし。これで準備は整った。今ここで必要なのは私の声だけで、他の音は邪魔になる。

 クリスはこの一連のやり取りで私だけに狙いを定めた。


「人外の貴女! むしろ貴女はなはずですが……まぁいいでしょう。私も少々お喋りが過ぎたようです。まずは貴女から退場していただきましょうか」

「はっ! テメェなんかと一緒にされてたまるか!」

「死はすぐそこまで迫ってるのに随分と気丈。惜しい人材ですが仕方ないですね!」


 それまで浮かんでいたクリスは地に降り、左手をかざしながらこちらへゆっくりと歩み寄る。その顔は愉悦と憎悪をない混ぜにしたかのようだ。


 いいぞ。もう少し、もう少し寄ってこい。

 地を踏み締めるクリスの音は私の目前で鳴り止み、顎をしゃくって不気味な眼光を向けた。


 ここだ!

 

 私は限界まで息を吸い込み、動かない身体のまま、唯一動かせる部位――すぼめた口を大きく開いた。

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ネコ目のテイマー、世界を駆ける 7番目のイギー @iggy-bop

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