不慮の事故により、異世界へ転生した主人公。
そこは中世ヨーロッパを彷彿とさせる、この世の地獄の如き、実に不衛生で汚い(褒め言葉)世界だった。
そんな場所に放り出された主人公、女神様から彼に与えられたのは、一点の汚れも穢れもない美しき白亜の城塞──つまるところ、元いた世界で普及している水洗トイレであった。
画面の中より匂い立つ、昔の衛生事情──要所要所に挟まれる豆知識も役に立つが、何だかモワモワと画面越しに匂ってくる怪異。
シリアスな世界のはずなのに、何故だか笑いが込み上げてくるのが、本作最大の魅力──シリ(尻)アス(ass)だけに。
"百聞は一見に如かず"という言葉をここまで体現した物語には、滅多にお目にかかれないかもしれない。消臭スプレー片手に是非、ご一読を。
古来、日本ではトイレには神様が宿るとされています。キチンと使うのなら、人々に安心と健康をもたらすけれども、トイレを汚したり掃除しないと怒って糞尿をぶちまけ病も広めてしまう、とても恐ろしい神様です。
コレは、そんな古来より日本人を見守ってきた神様に対する、ある意味のアンサー的な物語。
……かも知れない。排泄と言う事象、行為にすら神秘性を感じ、トコトントイレを追求した、ある意味道教的な物語である。
だといいな。
兎も角。「俺は一体何を読んで居るのだろう」と我に返ってはいけない。
便所神を信じればこの作品は最高に面白おかしく、最高の作品だと読めるでしょう。
そして、重ねて書く。
我に返ってはいけない!!
凄まじい便意に苛まれた東都弁蔵。ついに見つけたコンビニのトイレへ駆け込もうと、信号無視して道路へ飛び出したそのときトラックが——! つぶっていた目を開くとそこは真っ白な空間で、女神を名乗る美女がいて。彼はお約束の特殊能力をもらって異世界へ転生するのだ。そう、いつでもどこでも「トイレを出せる能力」を。
主人公の名前が“とうと べんぞう”なのも大概ですが、能力を使うごとにもらえる経験値がTP(トイレポイント)というのが実にアレですね。これを使うとただの便器に過ぎなかったトイレが抗菌や消臭やウォシュレットといった機能を充実させていきます。しかもですよ、それが出オチで終わることなく、文化レベルが発展途上な異世界にひとつの革命を起こしていくのです! おっと、ご安心ください。異世界ものの醍醐味である爽快感も(思わぬ形で)演出されておりますよ。
異世界×トイレが織り成すものはすなわち人のたまらない衝動を浮き彫るドラマ。みなさまはゆっくり落ち着いてお楽しみを。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)